仙人

2020年10月24日

なぜ、仙人は音信不通になったか。

音信不通になった遅山仙人のことが心配される方が若干名いらっしゃるので、経過を報告したいと思います。

4年以上前、仙人は電話料金未納により、携帯電話会社から電話を止められてしまいます。

以前は、いろいろな店でガラケー本体をタダでプレゼントして、電話の契約により電話会社から店がマージンをもらい、電話会社も加入者を増やすというキャンペーンが横行していた時代があります。

仙人は寿司屋さんから携帯電話をもらいます。何年も使っていたのですが、ある日、振り込み口座から残高不足で落ちなかったため、電話会社から請求の手紙が届きます。

怠惰な生活をしていた仙人は郵便物を一切見なかったために電話会社からの請求を見ませんでした。突然、電話を掛けることができなくなりましたが、しばらくの間、何もせずに時間が過ぎてしまいました。気が向いた仙人が代理店に行った時は、時すでに遅しでした。

未納分の料金は納付したものの、契約更新は拒否されてしまいます。山仲間S氏は電話関係の工事を生業にしていたので、この辺の事情を知っていました。彼の醜態は信用情報(ブラックリスト)に載ってしまったようです。S氏によると5年間はブラックリストから消えないだろうとのことでした。

ブラックリストに載ればどうなるのか。金融機関からの借り入れができない。クレジットが組めない。もちろん、携帯電話の契約ができない。場合によっては、保証協会からの保証が受けられないので、保証人なしではアパートを借りることができないかもしれません。

最近、とみに増えた自己破産は10年間はブラックリストから復権できないとされ、この間、会社を設立することすらできないはずです。また、復権は自動的になるのではなく、自己破産を決定した裁判所の手続きが必要だったはずです。

仙人は自業自得ですが、困り果てた仙人を見かねた友人N氏がプリペード型のガラケーを仙人に貸すことになりました。

IMG_4394_1

4年前までは、髪も切り、髭もきれいに剃っていました。その後、プリペードが故に料金未納の心配もなく、安心しきったのか、髪はボウボウ、髭は伸ばし放題になってしまいました。

IMG_3192

今年に入ってから仙人のガラケーは調子が悪くなり、時々、掛からなくなってしまいました。

心配した友人や山仲間は、ブラックリストから復権しているかもしれないので、スマホの契約を勧めます。ところが、何度言っても、動こうとしません。

仙人は、ガラケーを何とか修理して延命措置を考え出します。しかし、ガラケーを仙人が代理店に持ち込めば、契約者本人の確認ができないので、仙人は盗品を持ち込んだと思われ、最悪、御用となってします。

また、本来、プリペード型携帯電話は、短期で貸し出す分には問題ないのですが、4年以上貸しているとなると問題が出てくるのです。

N氏は、仙人に最後通告をします。S氏とともにS氏が勧める代理店に行くように指示します。期限を切り、行かなかった場合、日時を指定して電話を止めることを宣告しました。

N氏から連絡を受けて、心配したS氏と私は、仙人に代理店に行くことを勧めますが、入院していた近所の叔母が転院するのでしばらくの間行くことができないと言い訳を言います。

仕舞いには、S氏にガラケーの代理店がどこにあるか教えろと言い出す始末です。

仙人は動かず、期限は過ぎ、プリペード型ガラケーの契約は打ち切られました。

結果、仙人は音信不通となりました。


himajintaro at 07:08|PermalinkComments(0)

2020年10月17日

従姉が待っていたトンデモナイ理由

2020.10.2

鶴岡市玉川(旧羽黒町)にある玉川寺(ぎょくせんじ)へのツーリングから帰ると遅山仙人の隠れ家の隣に住む仙人の従姉が待っていました。

この日、仙人は携帯電話を持って行くことを忘れて不携帯で出かけました。このため、従姉が電話を掛けても、隠れ家に置き忘れたガラケーが鳴るばかりでした。

IMG_1928

従姉によると、ツーリングに出かける前々日、2軒隣の家に深夜遅く仙人を名乗る人物から電話が入り、すぐに切れたというのです。

2軒隣の家人は何か重要な話があったのではないかと従姉に問い合わせたそうです。そこで、仙人のガラケーに連絡をして確かめたと言うのです。

仙人に心当たりはありません。2軒隣の電話番号すら知りません。そこで、帰ってきたばかりの仙人から隠れ家に置き忘れた携帯電話を取ってきてもらい発信履歴を確認したところ、私への発信履歴しか残っていませんでした。

IMG_20171103_090357

最近、仙人の名をかたる不届き者が神出鬼没に電話を掛け捲っているようです。彼の父親の実家に声色を使って仙人に成りすまして電話を掛けた形跡があります。

仙人は町内会でも超有名人です。付和雷同しないことへの羨望なのか、それとも、同調圧力なのか、彼が標的にされる理由はたくさんあります。あまりにも、あり過ぎます。

それでも、これからは彼を電話魔の犯人として疑うことができなくなる事態が起きてしまいました。その事態については、後日ということにしましょう。


himajintaro at 20:20|PermalinkComments(0)

2020年09月08日

七年忌にやっぱり遅れてきた仙人

2020.8.30

毎回、遅山仙人をネタに、このブログが成立していると言っても過言ではないのですが、今回もネタとして仙人が登場します。

2020年8月30日は、7年前の8月30日に亡くなった山仲間O氏の七年忌でした。O氏は、モトクロスバイクの元山形県チャンピオンで飯豊本山を日帰りする猛者でした。すい臓がんが見つかり、手遅れでした。医者に全快を強く求めたそうですが、私たち山仲間が知らない内に他界してしまいました。

IMG_1358

たくさんの山仲間と一緒にO氏の実家と墓にお参りに行きました。そのきっかけで、仙人暮らしを始めた遅山仙人をシャバに戻そうとバイクツーリングに誘ったのが現在に至っています。

七年忌の8月30日にお墓参りをしようと計画し、O氏の墓地に各自現地集合としました。

山仲間S氏が集合時間の10分前に現れました。仙人はというと、10分が過ぎ、20分が過ぎ、30分過ぎても現れません。想定済みでした。また、どっかで道に迷っているのであろうと二人で話している所に電話がかかってきました。

彼は地元の中学校の周りをぐるぐるカブで回り、地元の人にO氏の苗字の実家と墓地を訊ねたそうです。その地区はO氏の苗字ばかりで、墓地に立っている人物像も苗字だけで訊ねたので、尋ねられた人もチンプンカンプンだったようです。

本当は小学校のそばだったのです。中学校の正門で待つように伝え、迎えに行きました。

30分以上遅れてきた仙人とともに墓の周りきれいにし、ビールの代わりノンアルコールビールと菓子を供え、燈明と線香をあげ、年齢順に仙人からお参りをしました。

IMG_1375

続いて、S氏。

IMG_1376

最後に私の順でお参りを済ませました。仙人を「遅山(おくれやま)君」と名付けたのはO氏でした。名付け親の七回忌に名実ともに遅れてきた仙人にO氏は喜んでくれたと思っています。

墓参りの後、近くの蕎麦屋に行こうかと最初は話していましたが、私からO氏にちなんだ料理を提供する提案をしました。

O氏の眠る上山の墓地から私の自宅に移動しました。

O氏は、よくブラックバスを釣っていました。現在のようにバス釣りが盛んになる前からボートを使ってたくさん釣っていました。私は彼が釣っている沼に出かけ、釣り上げたバスをもらい、初めて料理をしました。

その日のうちにO氏を自宅に招き、バス料理でもてなしました。

IMG_1079

今まで何度も釣って生き締めし、自宅に持って帰り、三枚におろして皮を剥ぎ、冷凍していたものをトマトソースのムニエルにしました。

IMG_0249

IMG_0250

IMG_0251

さらに、庭に植えてあるバジルをふんだんに使ってバジルソースを作り、ジェノベーゼパスタを作りました。植えているゴーヤで酢漬けを作り、付け合せにしました。

IMG_1377

IMG_1378

夕方まで、O氏の思い出話に花を咲かせて、お斎は終わりました。


himajintaro at 20:53|PermalinkComments(0)

2020年09月07日

仙人、遂にズボラが仇に

2020.8.22

岩出山で美味しい蕎麦を食べ、加美町宮崎に向かう途中、後ろを走る遅山仙人のヘッドライトが見えないことに気が付き、仙人のカブを停止させました。

すると前かごに長靴が入っており、ライトを塞いでいました。ライトが見えないのは違反なので、すぐに何とかするように伝えました。渋々、長靴を履いて出発しました。

仙人が大好きな宮崎の「どどんこ館」に立ち寄りました。ここは、今まで何度も紹介してきました。宮崎で採れた野菜やキノコが売っているので仙人も私も必ず買って行きます。

IMG_0796

私はカボチャを買いました。いろいろな種類があり、一番小さなものを買いましたがこんなに長いものでした。

IMG_0797

仙人はというと予想だにしない事態が発生しました。買った野菜を持って帰るスペースが無いのです。ご本人は大変悔しがっていました。欲しいものがたくさんあったのです。

前述にもあったように必要のない長靴を持ってきたばかりに長靴分のスペースがなくなってしまいました。そればかりか、山仲間S氏から一人用のテントと寝袋をもらって帰ったので、ただでさえないスペースがさらに狭くなってしまいました。

IMG_0795

今回のキャンプで仙人が使ったものは尾花沢のスーパーで買った餅と漬物だけです。結局、餅は食べませんでした。食材、飲み物、食器類やテント、夜具は全部他人任せでした。それでは、仙人のBOXには何が入っているのでしょうか?

いつも紹介するように行った先でタダでもらうもの。例えばパンフレットや地図、小冊子などです。自宅に持ち込まず、BOXに溜まっていくばかりです。仙人は毎日日記を書いているようですが、もらいものを見ずに、変な紙切れにメモをして日記を書いています。

仙人は宝物だと言います。最初は場所を取らない紙の宝物もだんだん場所を取り重くなります。仙人は否定しますが、彼のカブは後ろが重いのです。その証拠に、最近は燃費が目に見えて落ちています。200kmぐらい走って、私のリトルカブと比べるとガソリンで1リットル近く差が出ることが多くなりました。

遂に仙人は自身のズボラが仇で大好きな「どどんこ館」の野菜を買って帰れなくなりました。

仙人のBOXはヒンジが痛んできました。そのうち、蓋が閉まらなくなるでしょう。もしかしたら、走っている最中、蓋と宝物が飛んでしまうかもしれません。

そうなったら、宝物が入ったままの壊れたBOXと、何も入っていない新しいBOXに交換することになるでしょう。また、しばらくして、そのBOXも満杯になり、新しい空のBOXと交換することになり、それを何度も繰り返して、家の軒先に紙の宝物の入ったBOXがうず高く積まれることになることでしょう。


himajintaro at 20:48|PermalinkComments(0)

2020年09月02日

仙人、カラスに起こされる

2020.8.22

IMG_0760


キャンプ場の朝5時。遅山仙人は起きていました。仙人よると日除けに利用したケヤキの木にカラスがとまり、テーブルの上に残っていた食べものを狙って、カアカアと鳴いていたので、追い払っていたというのです。

仙人には、教職時代に様々な武勇伝やエピソードが残っています。

その中の一つ。私の職場に仙人の教え子がいます。彼によると仙人は生徒たちからカラス先生と呼ばれていたそうです。

中学校の敷地でカラスの幼鳥が保護され、最初は学校で飼育していたそうです。そのうち、学校で面倒見切れなくなり、仙人が引き取ったそうです。そこまでは普通にありうる話です。

仙人は、毎日、引き取ったカラスを車に乗せて通勤していたというのです。車の中で仙人を待っているカラスを見た生徒たちから、いつしかカラス先生という仇名がついてもおかしい話ではありません。

本当は野鳥は許可なく捕獲し飼育することはできません。

ついでに武勇伝を一つ。

仙人は中学時代、山形県の400m徒競走の記録を塗り替えました。本当は100mも200mも800mもリレーもレコード記録を持っていたのですが、正式な記録会には今のように複数出られず400mだけの記録になりました。

中学の教員時代、部活のランニング中に竹刀を持ち、遅れる生徒たちを追いかけ回したというのです。教師になっても足の速さは中学生には負けなかったために尾ひれがついた武勇伝になったようです。

今回驚いたことがあります。仙人は山仲間S氏が持ってきたテントの中で横になっていました。仙人は普段は椅子に座って寝ているために、横になって寝ることができないはずなのです。このため、S氏が仙人ために椅子を準備していたのですが、テントの中には椅子はありませんでした。

2018年6月21日、宮城県牡鹿半島のツーリングで泊まった民宿「後山荘」で仙人は布団で眠れず、壁に背をもたれて寝ていました。

仙人も進化しました。

IMG_0759



himajintaro at 07:00|PermalinkComments(0)