歴史・文化

2021年09月14日

社会教育施設はお休み

2021.9.10

岩出山の有備館前の踏切から交通量の多い国道108号に入らないで裏道を選んで花山ダムに向かいました。

昨年、鬼首の吹上高原キャンプ場に泊まった帰り道、国道47号延長の108号を走らずに江合川右岸の田舎道を走って岩出山の有備館前の踏切に出ました。

岩出山02

国道457号と合流するところに面白い名前の踏切があり、写真に収めました。

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小僧街道踏切という名前の踏切で、小僧たちが通りるだけに生徒・児童のみなさんキケンです!と看板が立っていました。

ここから右折し、国道457号をアップダウンして、国道398号のT字路を左折するのですが、この交差点も面白い交差点でした。前の晩にツーリングコースの点検のためにGoogleマップとGoogleアースをチェックしていて気が付きました。

交差点

何で、こんな複雑な通行区分にしてしまったのでしょうか? 何か理由があるのでしょう。

岩出山03

最初に立ち寄ったのは、孤雲屋敷です。Googleマップには千葉周作ゆかりの家とあります。ここも、前の晩に確認していたのですが、どなたかが、休館していることを投稿されていました。

歴史好きの遅山仙人には、たまらない施設だろうと立ち寄ったのですが、投稿通りでした。

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この建物は、佐藤さんという方のお住まいをここに移築されたようです。七代目の方が江戸の剣豪、千葉周作の父親と知り合いだったことから、千葉周作ゆかりの家とされていたようでした。

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宮城県の緊急事態宣言の影響を受け、社会教育施設は休館ということになっていたようです。岩出山の有備館も休館になっていました。

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ちなみに、社会教育という概念は日本独自のものです。学校教育以外は全て社会教育で、どちらかというと、御上目線です。これに対して、国民目線が学習です。社会教育に対しては生涯学習というのが一般的です。

さらに余談ですが、地下鉄日比谷線サリン事件の時は、山形県庄内地域の中高生とタイにいました。この時、タイの子供財団が運営する子供の村という施設に交流派遣事業に参加していましたが、ある場面で日本の社会教育について説明することに難儀しました。

社会教育を英語で直訳をするソーシャル・エデュケーションはタイでは労働者の職業教育だと聞き知りました。

日本では歴的建造物は文科省が所管するために、孤雲屋敷も社会教育施設と位置付けられています。

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いつものように、仙人は、千葉周作ゆかりの家の存在を知る由もなく、なぜ、私が知っていたかが気になってしょうがないのです。自分が知らないことが自尊心を傷つけているようなのですが、IT弱者の、にわか歴史研究家は、この時代では致命的です。

残念ながら孤雲屋敷には入ることができず、花山ダムに向かうことにしました。


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2021年08月29日

赤べこ発祥の地へ

2021.8.27

旧国鉄熱塩駅跡から喜多方の中心部を縦断し、会津坂下(ばんげ)の国道49号を目指して一路南下しました。

会津柳津

丁度、通勤ラッシュの時間帯に重なりましたが、渋滞することもなく、スムーズに49号を走り、会津柳津に入りました。

トイレに行きたかったので、最初に道の駅に向かいました。道の駅のそばの只見川の土手に撮影スポットがあるようなので行ってみました。

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確かに赤いニールセンローゼ橋のアーチと床版の間に福満虚空蔵尊の建物が入ります。季節によって様々な風景を見せてくれるのでしょう。

この場所は道の駅の駐車場から、すぐ土手に上った所にあります。

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虚空蔵尊の登り口に観光協会の案内所と有料の駐車場があります。朝8時半に到着し、職員の方が駐車場の掃除をしていました。駐車場乗用車1台分で1時間200円ということでカブ2台で200円を案内所で前払いしました。

1時間未満なら、そのまま帰ってもらって構わないということでした。案内所から観光パンフレットをたくさんもらい、また、遅山仙人のコレクションが増えました。これが、後々、災いとなります。

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駐車場の向かい側から参道を登っていきます。

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ちょっと上ると、もう一つのニールセンローゼ橋が見えます。アーチ部分の工事をしていました。塗装なのか補修なのか、走っていては分かりませんでした。

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大きな山門が迎えてくれます。

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先ほど、道の駅のそばの土手から見た赤いアーチ橋が見えます、その手前に吊り橋も見えます。

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山形市の山寺を思わせるような石段です。山寺のミニチュア版でしょうか。この鍵なりを過ぎるとすぐに頂上です。

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二重屋根の立派な伽藍です。入り口が建物の中心にないというのが特徴です。後の写真に出てきますが大きな赤べこが参道左側に鎮座しています。

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前日、観光協会のホームページで福満虚空蔵尊円蔵寺の由来を読んできました。仙人にもホームページのアドレスを送っておいたので勉強してきたようでした。

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伽藍建築のときに木材の切り出しで苦労しているところに赤い牛が現れて、運搬を手助けしてくれたことから、この場所が赤べこ発祥の地になったとページにはありました。

本尊が弘法大師の作であるところから、日本三大虚空蔵尊の一つにもなっているようです。

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虚空蔵尊から見たアーチの間に道の駅が見えます。

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虚空蔵尊の門前と只見川の風景と温泉で栄えた町なのでしょう。平日であり、まだ、早い時間帯なので、観光客の姿はほとんど見られませんでした。

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本堂で交通安全のステッカーを求めて、リアボックスに貼り付けました。

下手をするとお参りもせずに帰って行く、信心浅い仙人は、この時は、手を合わせてお参りをしていました。

いつも、仙人には山仲間S氏も小言幸兵衛の如く、口を酸っぱくして意見するのですが、馬耳東風、蛙の面に小便の有様です。

今まで、虫歯を抜くことの恐怖が痛みに勝っていたので、いつまでもズルズル抜歯を渋っていましたが、ここにきて痛みに耐えられなくなり、抜歯を執行してもらいました。

スモーカーの仙人に、これを機に禁煙を勧め、ニコチンが強烈な神経毒であり、脳に毒が回って、転んで骨折し、起きられなくなり、要介護老人になると警告しました。

相変わらず言い訳ばかりの仙人ですが、この後、警告を無視した仙人は思い知ることになります。

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虚空蔵尊の境内をひとまわり回って、駐車場に戻り、柳津駅に向かいました。



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2021年08月22日

スポロケットの交換の影響か?

2021.8.5

大日坊境内にある杉の巨木「皇壇の杉」を後にし、月山を越えて、山形市内に戻りました。

月山


国道112号月山新道(国管理)に戻り、湯殿山ICの出口から先は自動車専用道路なので、原付は多層民家で有名な田麦俣に入ります。7~8年前のことですが、自動車専用道路を鶴岡市ナンバーのスーパーカブの爺さんが颯爽と走っているのを見かけたことがあります。

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田麦俣の多層民家も2軒だけになってしまいました。

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ここから先は大型車通行止めの山形県管理国道112号です。

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田麦俣から少し上ると昔の六十里越街道の入り口があります。月山、湯殿山に参拝する人々が列をなして通ったと言われている小道です。グーグルマップには表示してありませんが、国土地理院2万5千分の1地形図には、きちんと表示されています。西川町志津までつながっています。

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いつもなら、山形市から鶴岡市へ向かうために朝早く通るので、対向車と出会うことはなく、停まっている車はタケノコ取りなどの山菜取りの車がほとんです。今回は、初めて逆方向で走りました。

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ブナの林が続きます。以前から、マイタケなどのキノコがでそうなミズナラのきれいな林を見つけていますが、タイミングが悪く、キノコの時期に通ったことがありません。

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この日は平日の午後でしたが、比較的、一般車の交通があり、気を付けながら走りました。

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湯殿山の入り口の交差点ですが、ここから湯殿山までは自動車専用の有料道路です。いつもは、朝7時ごろ、ここを通るので料金所には誰もいませんが、湯殿山に行く目的ではないので、入ったことがりません。

ちなみに、羽黒山にも同じような自動車専用道路の有料道路がありますが、料金所のオバちゃんに入れるかと尋ねたところ、大丈夫だと言われて二輪の料金を払って羽黒山山頂までリトルカブで行ったことがあります。

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鶴岡市と西川町の境、大越と呼ばれる峠です。道路に市と町の名前と境界線が書いてありますが、年とともに、だんだん、薄くなってきました。

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ここから、一気に下って、国管理国道112号に出ます。寒河江ダムを過ぎて、西川町本道寺に入りたかったのですが、通行止めになっていました。

2021.5.14の通行止め禍中での山菜取りへで紹介したように、本道寺から寒河江ダムへ一気に上る道路が通行止めで、迂回を余儀なくされましたが、その後も通行止めは解除されていませんでした。

本道寺2

仕方なく、そのまま国道を進み、高速道路の本道寺橋近くで右折し、新水ヶ瀬ダムから寒河江川右岸を走って、山形市内に戻ってきました。

朝4時に自宅を出発し、午後5時半には帰宅しました。走行距離346km。ガソリン4.5リットル。76.9km/リットルでした。燃費が落ちたのは、スポロケットの交換でリアの歯数を増やしことが影響しているかもしれません。

遅山仙人とツーリングを始めてから、一日の走行距離では最高の距離でした。

数日後、仙人が電話くれました。さほど、疲れている様子もなく、また、違うところにツーリングに行きたがっている雰囲気を十分醸し出していました。

今回は様々な名所旧跡を回りました。仙人は大変満足しているようでした。

これだけ、コロナが蔓延してはいますが、建物には入らず、人とは接触せず、弁当を持参するならば、ツーリングは安全と言えるでしょう。ただ、仙人がワクチンを打つ気がないことだけが気がかりではあります。


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2021年08月21日

木を見ずして案内板を見る

2021.8.5

遅山仙人とミイラがある湯殿山総本寺瀧水寺大日坊で宗教論を戦わし、極暑をしのいだ後、大日坊の敷地の中にあるという皇壇(おうだん)の杉に向かいました。

皇檀の杉

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大日坊を出て、昨年、「たらのき代の棚田を走って玉川寺へ」で走った県道を少し走ると皇壇の杉の赤い看板が見えてきます。看板から右折し、車の行き止まりでカブを置いて歩きます。

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行く途中に空堀(からぼり)が左右に見えます。大日坊の境内となっており、いわゆる寺領で、広大な敷地面積を誇っていたと思われます。僧自らが武器を持って寺を守る僧兵がたくさんいて、寺を守っていたのかどうか、わかりません。

月山、湯殿山参りの宿坊がたくさんあって、羽黒山と同じような街並みを形成していたのでしょう。

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歩き始めて、上り詰めること10分ぐらいで杉の巨木が現れます。

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巨木好きの仙人としては、歓声と驚きを持って皇壇の杉を向かい入れました。

仙人は巨木が好きだと言っても、熱心に勉強しているわけでもなく、たまたま、知り合いの教師OBに巨木研究家がいるので同調してるだけだと私は感じています。

仙人の宗教観と同じで、歴史上の人物との関りが好きで、この杉本体の科学的な歴史には、あまり興味がありません。おそらく、屋久杉の日本海まわりの遺伝子を持つ可能性があります。

今まで、火野正平さんが訪れた戸沢村今熊野神社の「長倉の大杉」、大江町の「久保の大杉」、尾花沢市の「延沢城の大杉」、大蔵村の「岩神大権現スギ」などをツーリングで訪れましたが、木を見ずして案内板を見るというところです。

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この辺りは雪も多いでしょうから、本来は雪に耐えるために枝は垂直方向に伸びることになります。でも、見る限り、横方向に伸びている枝がたくさんあります。屋久杉の遺伝子を持ちながら、強い枝の持ち主かもしれません。

杉の話ではありませんが、日本海側、鶴岡市の高舘山にあるブナの巨木は積雪が少ないで、枝が横方向に伸びており、特異な樹形をしています。

白鷹山の山頂にも杉の巨木があったという話題を仙人が持ち出しました。確かに白鷹山の山頂に数本の杉の巨木がありましたが、幹回りはそれほど太くはなく、高さは結構な高さを誇っていました。

しかし、何度も落雷があり、幹割れして、伐採されました。その杉は親戚の製材所が買い取り、大工だった私の父が自宅を建てる時に柱として使いました。非常に柾目の細かい、きれいな柱となりました。

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皇壇の杉に満足して、月山六十里越を走って山形市内へ戻ることにしました。

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2021年08月17日

仙人と交わす宗教論

2021.8.5

美味しい海鮮丼を食べ、中元用の庄内砂丘メロンを友人たちに発送し、月山旧道(国道112号)の六十里越えを越えて、山形に戻ることにしました。

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羽黒山上空に積乱雲らしき雲が発達していましたが、雨は降りませんでした。

大日坊

鶴岡市街地の南にある金峯山(きんぼうさん)の東側を流れる青龍寺川(しょうりゅうじかわ)と並行に走る県道を南下し、国道112号に出ました。

ここから、一気に月山に上っていくのですが、時間に余裕があったので、湯殿山総本寺瀧水寺大日坊に立ち寄ることにしました。

この大日坊は、鶴岡市側から上ると、最初のトンネルの手前に大きな案内板があり、そこから左折するのですが、私はトンネルを潜って、次のトンネルの手前から左折して上って行きます。

昨年の10月2日「たらのき代の棚田を走って玉川寺へ」に鶴岡市羽黒の玉川寺に行く途中、大日坊の前を通りました。この時は、大日坊には立ち寄らず、機会があったら、また来ようと言っていたので、今回立ち寄ることにしました。

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出羽三山信仰の大網口のベースキャンプ地でたくさんの宿坊があったとされています。

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遅山仙人は、山形以南に「湯殿山」と書かれた石碑が多いことに注目していました。確かに、福島県の至る所に湯殿山と彫られた石碑があるのをツーリングで見かけています。

なぜ、羽黒山ではなく湯殿山なのか。山形県以北には「羽黒山」の石碑があるのか、羽黒山は湯殿山に比べれば前座的役割なのか。検証する必要があります。

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この大日坊にはミイラが安置されています。拝観料を払って、有難い住職の読経と解説を頂けるのですが、この日は、中に入らずに日陰のベンチで宗教論を戦わせました。

なぜ、寺や神社が高い所にあるのか?米倉の役割を担っていたというのが仙人の解説です。

仙人の宗教観は人物論です。歴史上の高僧たちの人間関係を細かく研究しています。天皇の先祖に始まり、大陸に血筋のある曽我兄弟の野望や、中国へ修行に行った日本の高僧たちの人間模様、時の為政者との関係など、わずかの時間のうちに、ものすごい数の人物が登場します。

私の宗教観は宇宙の仕組みをとおして人としてどう生きるべきか、本来の宗教のあるべき姿を考えます。仙人に人としてどう生きるべきかを問うのは愚問です。宇宙の創設者の存在、愛などを具体的に考えることがとても苦手です。仙人には答えることができません。なので、いつも仙人の人物論に付き合うことにしています。

ただ、この日は葬式仏教の失態について、ガウタマ・シッダールタやモーゼ、キリストを引き合いに出して、仙人と議論しました。

私は葬式仏教に失望し、若くして亡くなった父の菩提寺から葉書一枚の離檀届で檀家を辞めてしまいました。バングラデシュに最初に渡航した1997年2月に遡って辞めると書いて出しました。境内に墓石が無かったのも幸いでした。

現在は、無宗教ではなく、一党一派に属さない無所属だと公言しています。自分では転生輪廻を信じ、毎月親類縁者の墓を参って、肉体の先祖たちとの会話を楽しんでいる信者だと思っています。

小一時間、仙人と宗教論を交し、大日坊の敷地の中にあるという皇壇の杉に向かいました。

皇檀の杉






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