歴史・文化

2021年06月05日

象徴的で真っ赤なご神体は何処へ

2021.5.28

とんかつで有名な福島県梁川町の食堂よしかわを後にして、一路、摺上川ダムを目指しました。

道祖神

再度、阿武隈川を渡り、桃畑をくねくねと走るピーチラインを爆走し、国道4号を横切り、福島市飯坂温泉の街中をかすめて、国道399号に入りました。

久しぶりに道祖神に立ち寄りました。グーグルマップではご丁寧に英文表記されていました。

Traveler's Guardian Deity 旅人の守護神

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上の写真は2012.10.14の写真でGoogleマップに投稿したものです。大変賑わいを見せていました。

それに比べ、現在は下の状態です。近年、とても寂しい状況です。シンボルの代わりに布袋様や違う置物が置かれています。


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普段は信仰心の無い遅山仙人が珍しく、旅の安全を祈願してか、自身の再起をかけてか、シンボルを撫で始めました。

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撫でたシンボルの割れ目に、誰が刺したのか、一円玉が刺さっていました。

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裏側に回ってみると、朽ちたシンボルが重ねてありました。

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この9年間で劣化した物もあるでしょう。屋根が架けてあるだけに、急速な変化は考えにくいところです。腐食が進んだシンボルは、ハルシメジと思われるキノコまで出ていました。

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しかし、9年前の、あの象徴的で真っ赤なご神体は何処に行かれたのでしょう?

道祖神で帰路の安全を祈願し、国道399を北上しました。間もなく、摺上川ダムです。


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2021年05月30日

丸森町のお金持ち

2021.5.28

宮城県村田町、柴田町、岩沼市を跨ぐ志賀姥ケ懐トンネルの真上から南下し、柴田町船岡の町中を縦断して、丸森町に入りました。

途中、強風に煽られながらも、何とか阿武隈川を渡って、目的地である齋理屋敷に到着しました。

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齋理屋敷の営業開始1時間前に到着したために、遅山仙人が行ってみたいと言っていた緑山に行ってみることにしました。

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もちろんレストランは開いているはずもなく、バイクを止めて仙人と話していると、シェフが窓のカーテンを開け、私たちを見かけて表に出てきてくれました。

2,3日前に仙人がレストランに電話を掛けていて、シェフの奥様と仙人の妹が友人であるということがわかり、話が始まりました。

奥様は土日だけのお手伝いということで今日はいらっしゃらないということでした。平日はシェフ一人で切り盛りしているワンオペなのかと思いました。

これから、齋理屋敷に行くことを伝えると、昼食は何処でと聞かれました。こんな出で立ちでも構わないかと尋ねると大丈夫ですと返してくれたので、このレストランにお邪魔することにしました。

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再び齋理屋敷前の駐車場に戻り、オープンの9時30分を待ちました。

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入場料620円を払い、コロナの関係で私の名前と住所を記載して、入場しました。

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丸森町の豪商の栄華を忍ばせる展示資料が敷地内にたくさんある蔵などの建物に保管展示されています。

商売に関するものから、日用品や子供のおもちゃなど、かなりの数の物が展示されてあります。

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太い柱に太い梁の重厚な建物。手の込んだ細工が施されている飾り欄間など、贅が尽くされています。小さな蔵でさえも必ず2階があります。

2階も展示コーナーになっていますが、2階に上がる階段は狭くて急で、頭を桁にぶつけないよう、必ず、鈴がぶら下がっていました。

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仙人にとっては、驚きの連続でした。丸森町に、こんなお金持ちがいたこと。たくさんの資料が保管展示されていること。

京都に紅花の紅餅を最上川で運び栄えた山形県河北町のように、絹を阿武隈川で運んだ歴史があり、丸森町には舟運文化が色濃く残っていました。

私は、ここに来たのは2回目です。昨年、船岡に用事があったついでに車で立ち寄り、気に入りました。

特に気に入ったのが、下の写真4枚です。

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ここの当主や女将さんたちは、とにかく、奉公人たちを大切にしたというのです。使用人たちが気持ちよく働くことができたので、これだけの財を成すことができたのでしょう。

現代社会は、働く人たちは社畜と呼ばれ、使い捨てにされ、終いには非正規労働者という不安定な雇用制度まで作りました。こんなことでは、日本は滅びてもおかしくありません。

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仙人にとっては懐かしいものばかり。こんなジュークボックスもありました。

そして、仙人の本領発揮する場面がありました。


昔懐かしい竹細工の中に、擦ると発生する振動エネルギーでプロペラが回るおもちゃがありました。仙人は得意げに回してくれました。

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奥に洋館がありました。

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ちょっと、微妙な物まで展示してありました。

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洋館の2階は丸森町の街並みのジオラマや昔の写真などが展示してありました。

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一時間半ほどかけて、くまなく回って、見学は終了しました。

そして、先ほどシェフのご厚意により予約しておいた緑山に向かいました。ここから10分ほどの距離です。


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2021年05月05日

あるはずの無い巨石を見に 十三年忌

2021.4.27

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目的地だった洞雲寺跡から引き返し、長井市伊佐沢に戻りました。そこから西に進み、最上川を渡らずに北上しました。

一旦、国道287号に合流した後、五十川から旧国道に入りました。基幹林道置賜東部線の入り口には通行止めの案内板はありませんでしたが、建設会社の工事個所を示す案内板が置かれていました。

ほとんど車の走らない旧国道を白鷹町荒砥まで北上しました。また、国道287号と合流し、白鷹町下山で左折して最上川を渡り、すぐに右折して、最上川の左岸を走ることにしました。

しかし、すこし走ると、蕎麦屋熊屋の手前に「通り抜けできません」という看板が立っていたので、国道287号に引き返しました。

最上川左岸を走ると、右岸の白鷹ヤナ公園から左岸に架かるワイヤーに鯉のぼりがたくさん泳いでいるはずでした。残念ながら、今年も見ることができませんでした。

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国道をそのまま北上し、おしんの吊り橋の左岸に行くため手前の永久橋で最上川を渡りました。Googleマップではおしんの吊り橋を太平橋としていますが、位置的に永久橋を示しているために、Google マップに位置情報の修正を提案しました。

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3月12日のタイヤの皮むき第二弾 おしんの吊り橋が無くなる!?でも紹介しましたが、全面通行止めは解除されていませんでした。そして、この橋も老朽化が進み、撤去されることが決まりました。

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桜とともに最上川に散った命で紹介した知人の命日が4月28日で十三年忌を迎えます。いつもなら、橋のたもとまで行って手を合わせるのですが、ことしはこの場所で合掌させていただきました。

前回同様、この場所でコーヒータイムとしました。

遅山仙人が江戸幕府の塩専売について話題を出しました。山に住んでいる人たちは、どうやってナトリウムを摂取したのだろうという疑問からでした。

仙人の頭の中では、塩からしかナトリウムは摂取できないという先入観があり、江戸幕府にすべてコントロールされていたと思い込んでいたようです。

化学などの理科はまるっきり教えることのできなかった中学教師だったので仕方がありません。

塩の元はミネラルが豊富にある山が源であり、川によって海にもたらされていることを渓流釣りが大好きな仙人は連想できなかったようです。

ミネラルが豊富な山菜を食べていれば、ナトリウムは摂取できたのです。

話のついでに、私がよく行くバングラデシュでの話です。

バングラデシュは毎年洪水になります。

バングラデシュの知人でバングラデシュで初めてイチゴ苗の生産に成功し、一時失われたダッカモスリンの再生に成功した大学教授(当時は助教授)に洪水について、昔話したことがあります。

洪水は人間にとって災害ではあるものの、上流から豊富なミネラルをもたらし、さらに土中の悪い菌や害虫を水に流してくれるとという、とても重要な役割を果たしていると話しました。

ベニバナの原産地であるエジプトはナイル川の氾濫地域です。ベニバナは前の年の自分の根を嫌う(嫌地現象と言います)ので洪水で根を洗い流してもらい、毎年豊富な栄養を洪水により供給してもらうことで毎年同じ場所で成長できるのです。

日本でも山形県大石田町は昔からベニバナの産地でしたが最上川の氾濫地域になります。現在、河川の氾濫地域でないところで生産しているベニバナは薬品と肥料をたくさん投入して嫌地現象を抑えています。

教授はそんな考え方を持ったことがないと驚いていました。

日本では河川改修が進み、災害の無い暮らしやすい国になっていくと思いますが、ミネラル不足が深刻化して病人の多い国になっていくのかもしれません。

こんな、つまらぬ四方山話をしながら、コーヒータイムを終え、いつものように白鷹町大瀬から県民の森を通って帰宅しました。


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2021年05月04日

あるはずの無い巨石を見に 腰抜けた仙人

2021.4.27

昼食場所の旧南陽市立漆山小学校杢沢分校を後にして、谷あいの県道を南陽市漆山へと走らせました。

途中、川を覗いたら、あまり水はきれいとは思えませんでしたが、縦縞のあるヤマメが泳いでいました。

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夕鶴の里資料館前を通り、タイヤの皮むき第二弾 ~南陽市で走ったルートに合流しました。そこから、ひたすら、久保の桜で有名な長井市伊佐沢へ向かうことになりました。

前回とは、若干違うコースを走り、タイヤの皮むき第二弾 獅子頭の蕎麦屋さんの蕎麦屋さんの前を走り北上しました。

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山の神集落の手前に「白鷹町及び南陽市方面には行けません」「山形工科短期大学校まで通行可」という案内板があります。

つまり、先ほど通行止めだった南陽市杢ノ沢には行けないということと、同じ基幹林道置賜東部線の長井市五十川までも行けないということです。つまり、目的地までは行けるけれども、引き返すしかないということです。

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下のGoogleアースの通りなのです。わずか20分足らずのところを止む無く1時間以上かけて遠回りしました。

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山の神から沢沿いに県道が走っていました。こちらの沢は水がきれいでしたが魚影を見つけることができませんでした。

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ようやく、目的地である洞雲寺の入口が見えました。

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ちょっと急な参道を上りきると大石山洞雲寺に到着しました。ちょうど、2時間遅れの午後2時になりました。最初の予定は、ここで昼食だったのです。

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案内板によると、だれが開山したのか不明とあり、現在は白鷹町荒砥に本堂があるようです。

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建物は山門だけが残っており、鐘楼になっていました。

ここで遅山仙人のボヤキが始まりました。なぜ、自分はこの寺の存在を知らなかったのだろう。自分には長井市出身の先生の知り合いがいるのに、なぜ、この場所を教えてくれなかったのだろう。なぜ、私がこの場所知っているのだろう。

私にとっては愚問でしかないのですが、毎回返すのは、Google マップで見つけたということだけです。

ITに弱いというのは、仙人にとっては致命的のようです。

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境内の奥に大きな石があります。私は、この石が見たくて、ここに来たのです。花崗岩のようです。

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仙人をスケールにして、石の大きさを比較してみました。

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裏側に梯子がありました。

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仙人は梯子から石に上がった途端、腰がひけて立てなくなってしまいました。全く、動けなくなってしまったのです。坂道と梯子を上っただけで動悸がすると言います。

さらに、持病の高所恐怖症で恐怖感が勝り、立とうという気力まで奪ってしまいました。

若いころから高所恐怖症で長野県の戸隠山の蟻の戸渡では歩けなかったそうです。

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私も高いところは苦手です。が、ここまで来た以上、上からの景色や石の全体像を確認せずに帰るわけにはいきません。

腰の抜けた仙人をそのままにしながら、巨石の上を歩き回りました。石の最上部にはお賽銭が置かれていました。

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白鷹丘陵に花崗岩の巨石があるはずがないのです。マグマが地下の深い所でゆっくり固まり、造山運動で隆起し、朝日連峰や飯豊連峰を形作っているのが花崗岩です。

私の記憶では、白鷹丘陵の底部は砂岩だったはずです。以前、朝日町の最上川で中学生が化石を発見しましたが、発見された河床は砂岩だったと思います。

また、白鷹丘陵の北部の大江町から中山町へ抜ける村山東部広域農道(スーパー農道)の橋台のボーリング調査でも砂岩であることがわかっています。

白鷹丘陵の南部は花崗岩でできているのか。花崗岩の巨石がポツンと存在するのか、疑問は増すばかりです。

仙人は、何とか自力で下まで降りました。年とともに、高所恐怖症が悪化していると言っていました。

高所恐怖症よりも体力や体幹や動悸などの持病が心配です。いつも、口酸っぱく体力維持のための運動を促すのですが馬耳東風です。

昨年あたりから、仙人の体力が急激に落ちているのがわかります。このままでは、ここ1~2年でバイクに乗れなくなる可能性があります。

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境内で夕飯のおかずにしようと大きくなったフキノトウを取りました。フキの茎よりも香りが高く、こちらの方が美味しいです。

基幹林道置賜東部線で長井市五十川に抜けられないので、洞雲寺跡地から元来た道をあと戻りしました。


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2021年05月01日

あるはずの無い巨石を見に 子安観音へ

2021.4.27

今年はコロナ禍ではあるものの、4月は例年になく忙しく、休みが取れなかった分、ゴールデンウィークの頭に3日間の代休が取れたので4月27日から5月5日までの9連休となりました。

私にとってのゴールデンウィークの初日に山仲間S氏を誘って、遅山仙人とともに、尾花沢市にあるイワウチワの群生地に写真を撮りに行こうと計画を立てました。しかし、S氏が仕事の都合でどうしても休めないということで、いつものように、仙人と行方不明者の捜索と山菜取りを兼ねてツーリングに行くことにしました。

長井市上伊沢にある洞雲寺を目的地として、上山市の高松葉山温泉入り口から走り慣れたる基幹林道黒森線と基幹林道置賜東部線を走りました。

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基幹林道黒森線は4月24日の怪しい捜索隊 後半でも紹介した森林管理道やまびこ線の南側から南陽市萩へ抜ける林道です。

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この日は日柄も良く、朝から快晴でした。

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萌黄色と緑色と青色がマーブル状に混在していました。

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林道をゆっくり走らせ、視力とは別の能力で山菜の在処を探していきました。

車では、到底探し得ない場所にタラノメが存在していました。肉眼で確認後、双眼鏡で覗くと間違いありませんでした。

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仙人は、体幹が衰えてきており、やっとの思いで、なんとか転ばずに道路の下まで降りていきました。

車で確認できる場所のタラノメは、軒並み、幹ごとノコギリで切られていました。これでは、来年はタラの木が枯れてしまいます。

タラの木に限らず、山菜を根こそぎ取っていく事例が散見されます。特に、山形ではタラノメよりもコシアブラの人気が高く、以前収穫した場所のコシアブラが枯れて無くなって所がたくさん見受けられるようになりました。

多分、数年後には、コシアブラは山形では絶滅危惧種になる可能性があります。

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私たちは、必ず、一本または株立ちしているタラノ木は一つ以上の芽を残して取るようにしています。

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最初から、こんなに取れたので、テンション上がりまくりました。山の風景や野鳥を見るのに役に立つ双眼鏡ですが、山菜取りやキノコ採りには欠かせないアイテムです。

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タラノメを何か所かで取った後、南陽市筋にある子安観音でコーヒータイムを取ることにしました。

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いつも基幹林道黒森線を走っていると「安産の神様 子安観音」の看板が気になっていました。Google マップにも情報は載っていません。観音様=神様という疑問はさておき、とにかく、行けるところまで行ってみようとバイクを走らせました。

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林道から僅か走ると、また、子安観音の看板があり、ほどなく走ると行き止まりでした。バイクを下りて階段を上ると子安観音です。

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ちょっとした広場の傍らに小さなお堂が建っていました。

階段を上ってすぐの所に代替わりした桜の巨木があり、その奥にカヤノキ(イチイかもしれない)が立っていました。

イチイは一位と書き、樹木で一番位が高いという意味があると大工だった父から聞いたことがります。実家を父が建てた時に床柱にイチイを使いました。製材したてのイチイを見た時に、薄い紫色だったことを思い出します。高貴な色の紫色だけに、神社やお寺の境内に昔から植えられてきたのでしょう。

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日当たり良い場所でコーヒータイムとしました。

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仙人からカセットコンロ用のガスボンベから、キャンプや登山用の半球型のボンベに詰め替えできるアタッチメントがあると聞いていました。わざわざ、ボンベからボンベに詰め替える手間が無駄なので、直接、カセットコンロ用のボンベが使えるアタッチメントを購入しました。

これを使うとガス代が1/3から1/4に軽減されます。使ってみても、火力は遜色はありませんでした。

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後で調べてわかっことですが、この子安観音は、山形県中世城館遺跡調査報告書置賜版(PDF版)によると城跡(館跡)であることがわりました。

このことを仙人に話したところ、置賜版全体を印刷できないのかと言われました。置賜版だけでも200ページに及ぶので、USBメモリーでデータを提供するからコンビニで印刷するように伝えました。

IT弱者の仙人としては、どうしても、紙ベースで欲しいところです。ただでさえ、コレクションで寝る場所の無い仙人が、これ以上、コレクションが増えたらどうするのか。

このまま、単なる自己満足の歴史研究家で終わるのか、それとも、次代の子供たちへ語り継げるアーカイブを残せるのか。仙人の運命は如何に。


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