グループツーリング

2021年06月06日

俺は親に捨てられた⁉



2021.5.28

道祖神で安全祈願をし、国道399号を北上して、茂庭集落から摺上川ダムサイトまでの長い坂を登り切り、愛宕神社でコーヒータイムとしました。

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愛宕神社はダムサイトから近く、ダムに沈んだ集落にあった神々を新しく作った国道沿いに移して祀っています。

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私は摺上川ダムができる前に、ヤマハのチャンプRSで山形市内から金山峠、稲子峠を越えて鳩峰峠から伸びる国道399号に入り、飯坂温泉を通って福島市内に住む妹夫婦に何度も行ったことがあります。

その時走った摺上川沿いの集落に、どこの田舎にもあるようなお酒や日用品を置いている〇〇商店と呼ばれているような店があったような記憶があります。もしかしたら、茂庭の集落にあった店だったかもしれません。

山あいのクネクネとした国道399号から少し広くなった摺上川の谷あいの道をしばらく走ると茂庭でした。

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遅山仙人によると、埋没した摺上川沿いにはたくさんの遺跡があったそうな。

村人がみんなで大きな落とし穴に鹿などの大型鳥獣を落として狩りをしていたと言うのです。

「なぜ、人は山で暮らしたのか?」「なぜ、遺跡を残さなかったのか?」と、いつものボヤキが始まりました。

山で暮らすことについては、仙人があちらの世界に帰った時に、ご本人たちに聞いていただくことにして、遺跡については、わかる範囲で答えました。

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公共事業や民間の大きな開発の時に、遺跡があると思われる場所については、開発者の自己負担で遺跡の発掘調査をしなければなりません。

さらに調査の報告書を作って自治体に提出しなければなりません。重要性が高いとされれば、保存する義務を負います。そうでないときでも、建物の位置を変えるなどの開発計画を変える必要が出てくる場合があります。

遺跡が破壊されなければ、大抵は埋め戻して終わりになります。遺跡の状態を示す報告書が自治体に永久に保存されます。

ですが、調査して報告して指示を受けるまでには相当な時間と経費負担が伴うので、工事が大幅に遅れることが多いのです。

そんな話を仙人に聞かせたのですが、仙人は全て残して保存すべき派なのです。そんなことをしたら、国中が遺跡だらけになって、住みにくくなると説明するのですが、頭のいい仙人でも、想像ができません。

頭の中に想像というバーチャル空間を作れないので、ツーリングで位置情報がわからず、迷ってしまうのです。

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仙人から質問されたので、私からも質問を一つ。

仙人はなぜ、コレクターになったのか?

「俺は親に捨てられた」と言うのです。

頭の中に???が飛び交いました。

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父親に大事なものを捨てられたと言うのです。

仙人の父親は国家公務員でした。職場で行われた小説かエッセイのコンテストで2度も全国最優秀賞をとったことで本になり、国会図書館に保存されています。さらに、本当かどうか、映画化もされたというのです。

その父親は、仙人とは真逆の、大の始末屋だったそうです。

要るのか要らないのか、よく確認もせずに見境なく、毎朝、物を捨てたり焼いたりしたので、毎日、家じゅうで大騒ぎをしたと言うのです。

このことが仙人としてはトラウマになり、物がないと安心できなくなり、俗にいう〇〇屋敷に住む仙人となり、コレクターとしての本領を発揮することになるのです。

親の影響とは、大きいものだとつくづく考えさせられました。

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低気圧の影響で強風だった午前中とは打って変わって、穏やかで青空が広がり、ツーリングには心地よい午後になりました。

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この通りでは、いつも見かける猿軍団は全く見ることができませんでした。

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湖面は穏やかでした。

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昨年は稲子峠と鳩峰峠が通行止めで一度も国道399号を走っていません。

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何度も七ヶ宿役場に問い合わせて、雪が降るギリギリまで稲子峠の災害復旧工事の完成予定を確認しましたが、開通を待たずに冬季閉鎖となりました。

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仙台藩の足軽の集落として栄えていた稲子は住人が一人だけとなり、まさしく限界集落となってしまいました。

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稲子峠については役場に確認を取らずにツーリングに出かけたので、通れなければ、鳩峰峠を越えて高畠に出るつもりでした。

県単位の3桁国道や県道の情報はホームページで確認できるので鳩峰峠は確認が取れていました。

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稲子峠への交差点には通行止めの看板が立っていなかったので、仙人の、もう一つの疑問に答えるために稲子峠へと進みました。


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2021年06月05日

象徴的で真っ赤なご神体は何処へ

2021.5.28

とんかつで有名な福島県梁川町の食堂よしかわを後にして、一路、摺上川ダムを目指しました。

道祖神

再度、阿武隈川を渡り、桃畑をくねくねと走るピーチラインを爆走し、国道4号を横切り、福島市飯坂温泉の街中をかすめて、国道399号に入りました。

久しぶりに道祖神に立ち寄りました。グーグルマップではご丁寧に英文表記されていました。

Traveler's Guardian Deity 旅人の守護神

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上の写真は2012.10.14の写真でGoogleマップに投稿したものです。大変賑わいを見せていました。

それに比べ、現在は下の状態です。近年、とても寂しい状況です。シンボルの代わりに布袋様や違う置物が置かれています。


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普段は信仰心の無い遅山仙人が珍しく、旅の安全を祈願してか、自身の再起をかけてか、シンボルを撫で始めました。

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撫でたシンボルの割れ目に、誰が刺したのか、一円玉が刺さっていました。

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裏側に回ってみると、朽ちたシンボルが重ねてありました。

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この9年間で劣化した物もあるでしょう。屋根が架けてあるだけに、急速な変化は考えにくいところです。腐食が進んだシンボルは、ハルシメジと思われるキノコまで出ていました。

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しかし、9年前の、あの象徴的で真っ赤なご神体は何処に行かれたのでしょう?

道祖神で帰路の安全を祈願し、国道399を北上しました。間もなく、摺上川ダムです。


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2021年06月02日

ちょっとリッチなツーリングランチ

2021.5.28

宮城県丸森町のお金持ちのお屋敷・齋理屋敷を見学しましたが、お客さんは私たちだけでした。見学の前に立ち寄ったレストラン緑山に11時20分ごろの予約を入れておいたので、11時ごろ、齋理屋敷を出発しました。

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阿武隈川の支流・内川を遡り、緑山がある場所は、周りにキャンプ場やレストラン、国民宿舎などがあり、別荘地的な雰囲気があります。

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玄関を入ると正面に大きな絵が飾ってありました。

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11時開店で、お客さんは一組入っていました。

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丸森町のお金持ちで紹介したシェフが出迎えてくれました。てっきり、シェフがワンオペと思いきや、若い女性店員がオーダーを取りに来てくれました。

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いつも、何をオーダーするかが問題です。遅山仙人は、一度、オーダーに失敗してからトラウマになり、必ず、私と同じ物しか頼まないようになりました。

今回は、普段のツーリングで到底立ち寄らない、ちょっとリッチなお店です。どんな料理があるのか楽しみです。そこで、今回は仙人自ら選択させることにしました。

仙人は私が何を注文するのか気になり、盛んに尋ねましたが、私は答えませんでした。仙人とは違う料理を頼むと伝えると、渋々、メニュー表の一番上にある緑山ランチをオーダーしようとしました。

仙人は給仕の準備をしている女性店員に声をかけましたが、聞こえるはずも無く、自分ではオーダーしたとばかり思っていたようです。

私は改めて店員を呼び止め、オーダーを依頼し、仙人の緑山ランチと和風ハンバーグセットを注文しました。

すると仙人は「二つも食べるのか?」と私に尋ねました。自分がオーダーしたと思っている仙人には構わず、違う話を始めました。

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女性店員がシェフからのサービスだと言って、アイスコーヒーを持ってきてくれました。

仙人の話によると、身内の葬儀の時に、妹の友人が丸森町でレストランをしているという話になり、丸森町はツーリングで度々通るので、気になって、数日前に、このレストランに電話をしたと言うのです。

話が長い仙人は、仕事が忙しいとシェフから体よく、電話を切られた様子でした。

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緑山ランチはリゾットの上に魚のフライが乗っていました。見た目よりも量も多く、仙人のお腹がビックリして、壊れてしまうのではないかという盛りでした。美味しいを連発していました。

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ひき肉400gの大きなハンバーグは食べ応えがありました。ファミレスとは比べ物にはならず、ジューシーでソースの味が良く、美味しくて大満腹でした。マイタケ、シメジの存在感もありました。

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会計では、かなりディスカウントしてもらいました。

店の外に出ると、外までシェフが見送りに来てくれました。実は、ここからが本日のメインディッシュでした。店には、別のお客さんがいましたが、食事を始めたので、しばらく、シェフと立ち話で弾みました。

シェフは若いころ趣味で渓流釣りを始めたそうです。毛バリを使ったテンカラ釣りを専門にやられていたそうです。私は話だけで見たことも無い仙人の得意とする毛バリのテンカラ釣りと同じだと思い、話をテンカラ釣りで盛り上げようとすると仙人は乗ってきませんでした。

どうも、私が睨んでいた通り、単なる毛バリのコレクターだったのかもしれません。

シェフは、その後、海釣りに転向し、小型船舶免許を取り、自分の船を持って、海釣りを楽しんだそうです。しかし、10年前の3月11日の東日本大震災で船が流され、それを機に海釣りをやめて、バイクのツーリングをしているそうです。

開店前に店を訪れた時に、バイクで行ったことから、私たちに興味を示してくださり、開店前も、バイクの話をしました。

シェフの話によると、このレストランの下にあった月型の町営レストランは閉鎖され、国民宿舎も経営難で辞めてしまったそうです。山仲間たちと宮城県の宿泊キャンペーンを使って半額で国民宿舎に泊まり、緑山で昼食を取ろうかと考えていた矢先のことでした。

土日は予約が取りにくいのかもしれません。料理は自分一人なので大変だそうです。悪い評価もあると語ってくださいました。忙しいと料理が出てくる時間も遅くなるのかもしれません。

以前、福島県山都町の蕎麦屋さんに朝早く行って蕎麦を出してもらった時も、店主が昼の時間に客が集中するので大変だと言っていました。分散してきてもらえれば、お客さんをゆっくりもてなせるのにと思うのは、どの店も同じことだと思います。

再度、来店することを約束し、シェフにお礼を告げて、緑山を後にしました。

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2021年05月30日

丸森町のお金持ち

2021.5.28

宮城県村田町、柴田町、岩沼市を跨ぐ志賀姥ケ懐トンネルの真上から南下し、柴田町船岡の町中を縦断して、丸森町に入りました。

途中、強風に煽られながらも、何とか阿武隈川を渡って、目的地である齋理屋敷に到着しました。

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齋理屋敷の営業開始1時間前に到着したために、遅山仙人が行ってみたいと言っていた緑山に行ってみることにしました。

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もちろんレストランは開いているはずもなく、バイクを止めて仙人と話していると、シェフが窓のカーテンを開け、私たちを見かけて表に出てきてくれました。

2,3日前に仙人がレストランに電話を掛けていて、シェフの奥様と仙人の妹が友人であるということがわかり、話が始まりました。

奥様は土日だけのお手伝いということで今日はいらっしゃらないということでした。平日はシェフ一人で切り盛りしているワンオペなのかと思いました。

これから、齋理屋敷に行くことを伝えると、昼食は何処でと聞かれました。こんな出で立ちでも構わないかと尋ねると大丈夫ですと返してくれたので、このレストランにお邪魔することにしました。

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再び齋理屋敷前の駐車場に戻り、オープンの9時30分を待ちました。

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入場料620円を払い、コロナの関係で私の名前と住所を記載して、入場しました。

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丸森町の豪商の栄華を忍ばせる展示資料が敷地内にたくさんある蔵などの建物に保管展示されています。

商売に関するものから、日用品や子供のおもちゃなど、かなりの数の物が展示されてあります。

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太い柱に太い梁の重厚な建物。手の込んだ細工が施されている飾り欄間など、贅が尽くされています。小さな蔵でさえも必ず2階があります。

2階も展示コーナーになっていますが、2階に上がる階段は狭くて急で、頭を桁にぶつけないよう、必ず、鈴がぶら下がっていました。

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仙人にとっては、驚きの連続でした。丸森町に、こんなお金持ちがいたこと。たくさんの資料が保管展示されていること。

京都に紅花の紅餅を最上川で運び栄えた山形県河北町のように、絹を阿武隈川で運んだ歴史があり、丸森町には舟運文化が色濃く残っていました。

私は、ここに来たのは2回目です。昨年、船岡に用事があったついでに車で立ち寄り、気に入りました。

特に気に入ったのが、下の写真4枚です。

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ここの当主や女将さんたちは、とにかく、奉公人たちを大切にしたというのです。使用人たちが気持ちよく働くことができたので、これだけの財を成すことができたのでしょう。

現代社会は、働く人たちは社畜と呼ばれ、使い捨てにされ、終いには非正規労働者という不安定な雇用制度まで作りました。こんなことでは、日本は滅びてもおかしくありません。

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仙人にとっては懐かしいものばかり。こんなジュークボックスもありました。

そして、仙人の本領発揮する場面がありました。


昔懐かしい竹細工の中に、擦ると発生する振動エネルギーでプロペラが回るおもちゃがありました。仙人は得意げに回してくれました。

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奥に洋館がありました。

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ちょっと、微妙な物まで展示してありました。

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洋館の2階は丸森町の街並みのジオラマや昔の写真などが展示してありました。

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一時間半ほどかけて、くまなく回って、見学は終了しました。

そして、先ほどシェフのご厚意により予約しておいた緑山に向かいました。ここから10分ほどの距離です。


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2021年05月29日

天気晴朗ではなけれど、特に風は強し。

2021.5.28

次回のツーリングを山形県北部の及位(のぞき)に予定していましたが、なかなか、天気との折り合いが悪く、金曜日に回復するも午前中は北部で雨が残りそうという予報が出たので、及位は除き、東南部へ切り替えるべく、木曜日の夜、遅山仙人へ電話をしました。

私は以前から、仙人を福島県丸森町の齋理屋敷に連れて行こうと思っていました。仙人に電話をするとリクエストがありました。同じ丸森町にある緑山に行きたいと言うのです。

ここは齋理屋敷から南へ10分ほどの所にあり、以前からマークしていたレストランではありましたが、ボロの合羽に長靴の仙人の出で立ちでは、体よく、断られても仕方がない店であると考えていました。

仙人にはドレスコードが合わないだろうから、粗相のないように、別の店を探しているからと言って、翌朝、山形市東部の唐松観音駐車場集合としました。

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天気は回復基調にありましたが、上空の雲の流れが異常に早いことに気が付きました。山はトンデモナイ強風が吹いているはずです。

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仙人は、予定通り、10分遅れてやってきました。スマホが見つからない、財布が入ったバッグが見つからないと大慌てで自宅を飛び出したようです。

国道286号線笹谷峠では、半端ない強風が吹き荒れていました。



送電線がジェット機の爆音のような唸り声を上げていました。

昨年は通行止めで走っていない笹谷峠を越えた後、国道286号を東進し、川崎町から村田町へ入りました。拡幅した村田町から岩沼へ抜ける県道を進み、志賀姥ケ懐トンネルの手前から旧道に入り、峠を目指しました。

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この峠は仙台空港への近道として、山形の人たちがよく利用した道です。

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カーブが多く、所々狭いので、気を付けて走らなければなりませんでしたが、リトルカブのツーリングでは仙台方面からの帰りに度々利用していました。

峠の真下にトンネルを掘り、道路幅を広げて改良工事が終わったので、仙台空港方面には利用しやすくなりました。

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この峠から南に延びる林道を利用して、柴田町船岡を抜けて、丸森町に向かうことにしました。このルートは、三角油揚げは定義如来でなくとも買えるで紹介しています。

村田町から大河原に抜けて丸森町に向かった方が近いのですが、主要道路のために通勤ラッシュと重なることが予想されたので、できるだけ交通量の少ない、このルートを選択しました。

笹谷峠から太平洋が見えるほど回復したものの、午前中、ずーと、強風に煽られっ放なしでした。


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