あるはずの無い巨石を見に 腰抜けた仙人今年初めてのバス釣り

2021年05月05日

あるはずの無い巨石を見に 十三年忌

2021.4.27

巨石07

目的地だった洞雲寺跡から引き返し、長井市伊佐沢に戻りました。そこから西に進み、最上川を渡らずに北上しました。

一旦、国道287号に合流した後、五十川から旧国道に入りました。基幹林道置賜東部線の入り口には通行止めの案内板はありませんでしたが、建設会社の工事個所を示す案内板が置かれていました。

ほとんど車の走らない旧国道を白鷹町荒砥まで北上しました。また、国道287号と合流し、白鷹町下山で左折して最上川を渡り、すぐに右折して、最上川の左岸を走ることにしました。

しかし、すこし走ると、蕎麦屋熊屋の手前に「通り抜けできません」という看板が立っていたので、国道287号に引き返しました。

最上川左岸を走ると、右岸の白鷹ヤナ公園から左岸に架かるワイヤーに鯉のぼりがたくさん泳いでいるはずでした。残念ながら、今年も見ることができませんでした。

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国道をそのまま北上し、おしんの吊り橋の左岸に行くため手前の永久橋で最上川を渡りました。Googleマップではおしんの吊り橋を太平橋としていますが、位置的に永久橋を示しているために、Google マップに位置情報の修正を提案しました。

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3月12日のタイヤの皮むき第二弾 おしんの吊り橋が無くなる!?でも紹介しましたが、全面通行止めは解除されていませんでした。そして、この橋も老朽化が進み、撤去されることが決まりました。

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桜とともに最上川に散った命で紹介した知人の命日が4月28日で十三年忌を迎えます。いつもなら、橋のたもとまで行って手を合わせるのですが、ことしはこの場所で合掌させていただきました。

前回同様、この場所でコーヒータイムとしました。

遅山仙人が江戸幕府の塩専売について話題を出しました。山に住んでいる人たちは、どうやってナトリウムを摂取したのだろうという疑問からでした。

仙人の頭の中では、塩からしかナトリウムは摂取できないという先入観があり、江戸幕府にすべてコントロールされていたと思い込んでいたようです。

化学などの理科はまるっきり教えることのできなかった中学教師だったので仕方がありません。

塩の元はミネラルが豊富にある山が源であり、川によって海にもたらされていることを渓流釣りが大好きな仙人は連想できなかったようです。

ミネラルが豊富な山菜を食べていれば、ナトリウムは摂取できたのです。

話のついでに、私がよく行くバングラデシュでの話です。

バングラデシュは毎年洪水になります。

バングラデシュの知人でバングラデシュで初めてイチゴ苗の生産に成功し、一時失われたダッカモスリンの再生に成功した大学教授(当時は助教授)に洪水について、昔話したことがあります。

洪水は人間にとって災害ではあるものの、上流から豊富なミネラルをもたらし、さらに土中の悪い菌や害虫を水に流してくれるとという、とても重要な役割を果たしていると話しました。

ベニバナの原産地であるエジプトはナイル川の氾濫地域です。ベニバナは前の年の自分の根を嫌う(嫌地現象と言います)ので洪水で根を洗い流してもらい、毎年豊富な栄養を洪水により供給してもらうことで毎年同じ場所で成長できるのです。

日本でも山形県大石田町は昔からベニバナの産地でしたが最上川の氾濫地域になります。現在、河川の氾濫地域でないところで生産しているベニバナは薬品と肥料をたくさん投入して嫌地現象を抑えています。

教授はそんな考え方を持ったことがないと驚いていました。

日本では河川改修が進み、災害の無い暮らしやすい国になっていくと思いますが、ミネラル不足が深刻化して病人の多い国になっていくのかもしれません。

こんな、つまらぬ四方山話をしながら、コーヒータイムを終え、いつものように白鷹町大瀬から県民の森を通って帰宅しました。


himajintaro at 07:00│Comments(0)歴史・文化 | よもやま話

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