薬莱山へ 林道で出会ったもの薬莱山へ 田代キャンプ場を経由して二ツ石ダムへ

2019年08月10日

薬莱山へ 最終処分場?

薬莱山へ 林道で出会ったもの」で寄り道をしたと書きました。Googleマップの衛星写真に写っていたものが気になって確かめるため、ちょっとだけ寄り道しました。

気になるものが下の写真です。

産廃

下は国土地理院2万5千分の1地形図です。

産廃02

どう見ても、産業廃棄物の最終処分場にしか見えませんでした。

リサイクルできない廃棄物は燃やしたり、薬品で中和や無毒化し、埋め立てします。一般的には、そういう場所を最終処分場と呼びます。衛星写真から見ると形状が最終処分場に見えます。

しかし、行ってみると

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何か変です。最終処分場ならば、最終処分場であることを示す看板があります。管理する建物があります。どう見ても、埋め立てが終わった雰囲気がありません。手前が大きく開いているのが疑問でした。

山を削る時は、不安定な土質でない限り、45度の角度で削り、一定の高さになったら、ステップ(犬走り)と呼ばれる水平部分を作り、そこから、さらに45度の勾配で削っていきます。

余計な話ですが、45度は水平距離と垂直距離が同じなので、土木では一般的に1:1(1対1)と呼びます。三角関数で言うtan(タンジェント)です。

削った斜面(法面 のりめん)は土に牧草などの種子と水を混ぜて、機械で斜面に吹き付けて、崩れないように緑化します。

この場所は、削り終わって、緑化による法面処理された完成形なのでした。

アスファルト舗装から先は国有林の専用林道でした。

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疑問に思いながら、砂利道の林道との交差点に戻り、田代キャンプ場に向かいました。

この疑問は帰宅後、解決しました。

ホームページで徹底的に調べました。

この場所は、ダムの堤体(本体)を作るための採石場だったのです。確かに、地図を見ると、この場所の北側に岩堂沢ダム、南側に二ツ石ダムがあります。二ツ石ダムは後の記事で紹介しますが、岩を使ったロックフィルダムと呼ばれる形式のダムでした。

ここで、疑問は解決したのですが、調べてみると、この場所に関しては大きな問題を抱えていました。

東日本大震災での東京電力福島原発事故による放射性廃棄物の最終処分場として候補地となっていました。地元加美町は、反対運動を展開し、白紙に戻させた経過が残っています。

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加美町のホームページにも詳しく経過が残っていました。
指定廃棄物最終処分場候補地選定について

加美町は平成の大合併で中新田町、小野田町、宮崎町が合併してできた町です。赤倉温泉から越えてきた山形県道最上小野田線の小野田とは、この小野田町です。

そして、中新田町(なかにいだまち)はバッハホールがあることで有名ですが、私が住んでいる山形市と姉妹都市の盟約を結んでいる町でした。合併したので、現在は加美町と姉妹都市になっています。

姉妹都市である加美町がこんな問題を抱えていたとは全く知りませんでした。


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