慣らし運転2 ささにしき食堂第五回三春藩カブ主総会に出席しました。

2019年05月25日

慣らし運転2 延沢城

遅山仙人が以前から、行ったことがある、行ったことがあると言い続けてきた尾花沢市の延沢城に行ってみることにしました。仙人は時々、行ったことがあると言い続けるので、また、行ってみたいということだと理解しています。

仙人の記憶の中では、山の上の城跡から下りられるルートがいくつかあったので、登り口が複数あるだろうとの推測でした。しかし、実際、延沢に行ってみると複数の登り口が見つかりませんでした。

こういう時に利用するのが、国土地理院の2万5千分の1地形図です。特に山の中では、GoogleマップやYahoo地図では限界があります。

古城山

よく見ると、延沢城だった所は、古(お)城山と表記され、学校のそばから登っていくようです。

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実際のところ、常盤小学校の駐車場から登り口があり、それも仮の道であると表記されていました。なぜ、仮なのかというと、ここからのルートは城の正面入り口である大手門口ではないので、仮の表記がなされていたようです。

このルートを登っていくと、途中、大手門口と思われるルートと合流しますが、肝心な大手門口らしきところはわかりましたが、そこには登り口の案内は無く、道として続いているのかわかりませんでした。

上の写真は、常盤小学校入り口にありました。

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この日、延沢城の登り口がわからず、右往左往しているときに知人で東京葛飾堀切菖蒲園駅前で焼肉店を営むベンガル人、橋本羅名(らな)さんから電話が入りました。羅名さんの話では、羅名さんの会社の経理をしている男性(私も知っている人)がレコードを処分するのでいらないかということでした。

デジタル化が進んだ時にレコードプレーヤーを処分してしまい、レコードは聞くことができないと伝えると男性に事情を説明してくれるとのことでした。

後日、男性からメールが入り、私が真空管アンプ(実は最近の中華アンプ)を持っているいることを羅名さんから聞いて、音楽愛好家だと思ったようです。レコードプレーヤーもいただけるという前提で所有するレコードのリストをいただくことにしました。

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常盤小学校からは快適な登山道になっていました。少し登ると大手門口から合流点に延沢城の案内板があります。延沢銀山と書いてありますが、ここから銀が出たのではなく、今の銀山温泉から産出したのです。多分、国から史跡指定を受けた時に、延沢城と銀山が一緒に延沢銀山という名前で指定を受けたので看板に表示する必要があったと思います。

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延沢城跡、古城山を登っていく途中に食べられる山菜を見つけました。

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コシアブラ(写真上)。下の写真のタラノ木の芽(タラノメ)よりも、山形では人気があります。米沢の特産品、木工芸オダカポッポの材料とされている木です。木は太くなっても、しなりがあり、柔らかい木質で加工しやすいので木工芸に使われています。

ウコギ科の植物が持つ独特の風味があり、天ぷらはもちろん、おひたし、炒め物など様々な料理に使われています。

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タラノメ(写真上)。コシアブラとともにウコギ科の植物です。昔から、同じウコギ科のウドと並んで春の山菜として不動の地位を築いてきました。天ぷらなど料理が一般的です。山形はハウスによる栽培が盛んで東京などにたくさん出荷されています。

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イヌドウナ(写真上)。山形市付近ではクワダイと呼ばれています。お浸しが一般的です。香りが強いので好みが別れるところではありますが、私は好きな山菜の一つです。

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ユキモチソウ(写真上)。山菜ではありませんが、花の頂上に白い餅の様なものができるので、その名が付いたと言われています。似たような植物にはマムシグサ、ウラシマソウなどもありますが、白い餅が特徴です。この古城山にはユキモチソウが群生しているようです。

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頂上まではゆっくり登って30分ぐらいです。最初に桝形門跡が見えます。桝形(ますがた)と言うように四角に壁や門に囲まれた広場があり、櫓門(写真下)という、城では一番大きな門をくぐると、いよいよ城の中心である本丸に辿り着くことができます。

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本丸跡は下の写真のように杉林になっていました。

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杉林を抜けると、杉の巨木が現れます。

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杉の巨木の脇に「霧山城之址」という石碑が建っています。霧山城とは延沢城のこと言います。

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山頂には、休憩できる木製のイスとテーブルがあり、いつものようにコーヒータイムとしました。

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山頂からの眺めは、南西部に開けている部分があるものの、全体的に樹木で覆われていて眺望はよくありません。

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帰りは同じコースを戻らずに、一旦北に進み、西側に巻いて元のコースに戻るルートを下りました。

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この城は、北側に曲輪(くるわ)と呼ばれる何段もの棚田の様な地形になっており、敵が攻めてきた場合、簡単には本丸に近づけない構造になっています。南側は切り立っていて、下からの攻撃が上から丸見えになり、まさしく、天然の要塞になってります。

仙人よれば、延沢城は、東西南北の領域を見渡せ、周囲の敵に睨みを効かせることができる絶好の場所だと言うのですが、私には何故、この場所で良いのか全くわかりませんでした。

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西側に回り込み始めるところに池がありました。登る途中に水場のような沢もありましたが、ここも水場としては使われていたのでしょうか。


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石碑には「天人清水」と書いてありました。きれいな水が湧き出るのでしょう。

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池の中にはクロサンショウウオの卵がたくさんありました。

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常盤小学校に置いてあるリトルカブに戻り、延沢から村山市楯岡に抜ける背あぶり峠に向かいましたが、冬期通行止めでした。仕方なく、尾花市内に戻り、旧国道13号を走って山形市に帰ってきました。


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