2018年06月27日

牡鹿半島 加美町~山形編































加美町の蕎麦屋を後にし、次に向かったのは加美町宮崎の直売所どどんこ館。ここは、昨年の花立峠越え、鳴子温泉からの帰りに立ち寄ったところです。

宮崎地区はシイタケの産地のようです。普通見られる茶色い傘のシイタケではなく、ブラウン(黄土色)をした大きなシイタケで、昨年自宅用に買っていきました。今回は、福祉作業所で作ったコースターや自分用に買った黒猫の手書きマグカップ、菓子類などを買ってきました。

宮崎地区から国道347号に出て、一路、尾花沢に抜ける鍋越峠に向かいました。国道347号は整備されて大変走りやすくなりました。しかし、何故か路面が荒れていました。

渓谷を縫うように走っていた国道も道路改良により快適な道路になりました。宮城県側の特徴は、人工地盤という工法を使って、できるだけ、山の斜面を削らないよう、自然環境に配慮した工法です。

写真をよく見るとわかるのですが、岩盤に柱を立てて、その上に橋を作りアスファルトを敷いています。肘折温泉に降りていくループ状の橋も人工地盤です。

渓谷を走れば気になるのが、川です。魚がいないか、所々で魚影を確認して走りました。

昨年は鍋越峠のトンネルを抜けずに旧道を上り、尾花沢の宝栄牧場で昼食をして銀山温泉に抜けました。

もう一つ気になったのが9枚目と10枚目の写真です。9枚目は宮城県、10枚目は山形県。どちらも緊急用の電話ですが、後から作った宮城県側は屋根と囲いがあります。雨や雪の時はありがたいですね。

この日は風が強く、ガスコンロでお湯を沸かせる状態ではありませんでしたが、大石田の来迎寺地区の集会場前がほとんど風が無かったので、いつものように、かりんとうでコーヒータイムとしました。

無事に450kmのツーリングが終わり、午後5時過ぎに自宅に到着しました。向かい風の影響か燃費はあまり伸びず、77km/リットルでした。ガソリン代850円のリーズナブルなツーリングでした。

牡鹿半島 後山荘~加美町編































牡鹿半島ツーリング2日目は朝から晴天に恵まれました。しかし、西からの風が強く、燃費が確実に落ちました。

帰路は牡鹿半島の海沿いの道を石巻まで戻りました。防潮堤工事は殆ど終わっていましたが、元々、海沿いにあった家々は津波で被害を受けて、新しい家は高台に引っ越しており、寂しい感じしかありませんでした。

伊達政宗が作らせた帆船サン・ファン号を見るため宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)に着きましたが開館50分前だったこととサン・ファン号が劣化して解体の憂き目にあっていると聞いて立ち寄らずに石巻市内に向かいました。

サン・ファン号は子供たちが小さいときに見に来たので、久しぶりに遅山仙人と見ようと思っていただけに残念です。

石巻市出身の恋人に電話で尋ねてみたものの特に立ち寄れる場所がなくて、早々に石巻を後にして、国道108号を北上しました。後で恋人に聞いた話ですが、一ノ蔵酒造や日本製紙に知人や親せきがいて、見学できたそうです。次回のお楽しみにしたいと思います。

小牛田を抜けて加美町に入り、少し早めの昼食を取りました。
ちょっと、こだわりの蕎麦屋を見つけ出して行ってみました。正直、味は良いのですが柔らかすぎる感じがありました。山形の蕎麦は概して硬いというかコシの強いものが多い傾向があり、それに慣れているので物足りなさがありました。
ただ、たれは出汁が効いていて、塩分が少なく、美味しかったです。また、天ざるが1,000円で安いという感じがしました。山形なら下手をすると1,500円出さないと天ざるが食べられません。

昼食後、加美町宮崎の直売所を目指しました。

2018年06月24日

牡鹿半島 後山荘夕食編









































日も暮れてきました。

今回の牡鹿半島ツアーの最大の目的は美味しい魚を食べることだったので、夕食が楽しみでした。

漁師の民宿だけに、私たちの期待は裏切られませんでした。クジラ(刺身と揚げ物)以外は、全部自前の魚だそうです。

予想以上のボリューム。それに生きの良さであるコリコリした刺身は格別です。船盛はカワハギの御造りがメインで何種類もの刺身が並んでいました。

女将さんに一つ一つ魚の名前を教えてもらいましたが多すぎて覚えられませんでした。

最初は冷たいもの、そして、揚げ物や焼き物、鍋、茶わん蒸しと温かいものが順番に出てきて、テーブルが一杯になりました。

この時期、カキフライもいただけるとは思いませんでした。冷凍ではないので牡蠣の味が濃厚でした。

一人ビール1本が限界でした。

6月の太平洋は美味しい魚が多いと聞いていただけに、旬の魚に十分満足して部屋に戻りました。

牡鹿半島 後山荘宿泊編





























民宿の女将さんが気さくな方でした。高校生の時に宮城県のテニスのチャンピオンになり、天皇陛下とテニスをしたことがあるそうですが、孫に自慢できるはずだった写真も津波で流されてしまったそうです。民宿再建までの苦労話をたくさん伺うことができました。

民宿経営が大変だからこそ、女将さんは1人、2人のお客様を大切にしたいとおっしゃっていました。

旦那さんと息子さんは、牡蠣の養殖や定置網などの漁師をしていて、息子さんが板前さん兼務で頑張っておられました。
今年は鯖が不漁で海の流れが変わって大きなものが捕れないとのことでした。金華山沖の鯖は金華サバのブランドで有名です。

民宿の建物は5年前に再建されたものですが、借入するのも大変だったそうです。

1階は玄関、ホール、フロント、厨房、食堂、風呂。部屋は2階に7部屋でした。

遅山仙人は、「新しくて、旅館だ!」と連発していました。正直、12畳の部屋に二人だけで泊まるのはもったいない気がしました。

お客さんは我々の他に、出張で女川原発に来られている男性二人とお風呂で一緒になりました。彼らの話によると、今回で2回目の宿泊で、料理が大変美味しく船盛が付くとのことでした。

今回の牡鹿半島ツアーの最大の目的は美味しい魚を食べることだったので、夕食が楽しみです。

牡鹿半島 後山荘チェックイン編









宿は小渕浜の後山荘(あとやまそう)です。

天気が晴れるのをギリギリまで待って19日火曜日の夜に民宿の予約を入れました。石巻出身の恋人に紹介してもらった”めぐろ”という民宿はネットでも評判が良かったのですが、電話を入れたら女将さんの携帯電話につながりました。留守にしているので予約状況を確認して明日電話をくれるというご返事でしたが、この時点で縁が無かったと思い、お断りました。

その後、何軒も掛けましたが、休みだとか予約で一杯だとか言われました。牡鹿半島の民宿に片っ端から電話を掛けて、半ば諦めかけた最後に電話したのが、この”後山荘”です。

ここの女将さんの話によると、最近、1人、2人の客は泊めない傾向にあるそうです。また、不定期に休みを取っているとのことでした。

民宿経営も大変のようです。多くの民宿が震災で津波の被害にあい多額の借金を抱えているようです。
復旧工事が盛んなころは多くの工事関係者が泊り、民宿もにぎわい、予約を取るのが難しいと聞いていました。
復旧工事も落ち着き、平日の客はめっきり減ったのが実態のようです。

43年前の女子高生も女将さんも言っていましたが伊達政宗が作らせたサン・ファン・バウティスタ号の復元船も老朽化で解体の憂き目にあっているそうです。金華山行きの船も日曜日しか運航されておらず、その他は目立った観光地が無く、民宿の経営は大変だと言っていました。

復興支援という美名のもとに被災地に金を落とすという支援が盛んにおこなわれてきました。復興の道のりは、まだまだ厳しいものがあります。一時的なものではなく、末永く、そして平日に行うからこそ効果があるのだとつくづく感じてきました。