2018年10月15日

3万km走行達成!




本日、リトルカブ購入6年にして3万km走行達成。
年平均5千㎞ですが、まだまだ、元気です。スーパーカブは丈夫で長持ちしますが、リトルカブは運転しやすく、長距離でも疲れません。
昔の2サイクルスクーターだったら廃車しなければならない距離ですね。

2018年10月14日

浮島・大杉ツーリング 松保の大杉編

2018.10.8ツーリング



ツーリング前日、大沼の浮島から大江町貫見に抜けるためにGoogleマップで道路を検索していたら、「松保の大杉」という観光名所を見つけました。そこを通って貫見に抜ける計画をしていました。

浮島を発ち、大沼の集落でGoogleマップで大杉に行く道を探したら、携帯の圏外で、Googleが表示しません。止む無くツーリングマップルで県道から大暮山集落へ行く道を探し出しました。

上の地図で見ると大分遠回りをしています。実は、スマホのデーター通信のスイッチが切れていて、大杉に着くまで気が付きませんでした。

大暮山から「秋保の大杉」へ行くための案内板が無く、除草作業をしている人や犬の散歩をしている人に聞いて何とか大杉に向かう悪路を見つけ出しました。











八幡神社の前を左折します。すると右側に大谷小学校大暮山分校の門柱が見えてきます。そこから先は舗装されていない悪路となります。











谷あいをしばらく走ると急に開けて、稲刈りの済んだ田んぼになります。そこに大杉の案内板が立っていました。



看板には山形県内で一番大きいと書いてあります。屋久杉を子孫に持つ日本海周りで北上した杉の一種なのでしょう。





今まで上ってきた大暮山は朝日町ですが、この大杉が立っている場所は大江町松保となります。国土地理院の2万5千分の1地形図を確認すると何軒かの建物が建っているようですが、ここから、ちょっと上がったところに牛舎なのか小屋なのか、生活感の無い建物が2棟立っていました。





2017年7月9日に紹介した「長倉の大杉」に比べても太さにおいては、「松保の大杉」の方が断然太いのが分かります。







大杉の脇に山ノ神神社が立っていました。





神社に備え付けてある参拝記念芳名簿を見てビックリしました。県外からたくさんの参拝客が来ています。

遅山仙人は何故、こんな道路が悪く、対向車がすれ違えない、Uターンもできない場所に来るのか、分からない、理解できないを連発していました。

大杉が県外でどれだけ有名なのかは分かりません。大暮山で大杉を聞いた時も知らない人もいたことは事実です。確かに、ここは朝日町ではなく大江町なのです。

私たちは朝日町から上がってきましたが、もしかしたら、大江町貫見からたくさん来ているのかもしれません。

この謎解きは後日としましょう。



2018年10月13日

浮島・大杉ツーリング 浮島編

2018.10.8ツーリング

9月19日の阿武隈川ライン下り以来、俗世を離れて仙人暮らしを続けていた遅山仙人を誘い出して、朝日町、大江町、西川町を走り回ってきました。

まず最初に向かったのは、朝日町の国指定名勝地・大沼の浮島に向かいました。仙人の隠れ家から山辺町玉虫沼、大蕨(おおわらび)の棚田を走り、朝日町大沼までリトルカブを走らせました。









途中、面白い看板を見つけました。「まむしが出る 入るな!!」
ここはワラビ園のようです。ワラビがたくさん自生しています。「まむし」は需要があり、生きたまま捕まえると取扱業者から高く買ってもらえるので、「まむし」捕り名人に入られそうです。

















自称歴史研究家・遅山仙人によると、この地を広く治めていた大江広元は源頼朝の懐刀であり、鎌倉幕府の重要なポストにあったと言います。このため、全国に広大な領地があったそうです。

浮嶋稲荷神社の御由緒に書かれている内容は正しいというのが彼の説です。













遅山仙人の隠れ家を朝7時に出発し、浮島の稲荷神社に着いたのが8時でした。このため、浮島写真展示のお休み処は開いていませんでした。もちろん、誰一人、観光客もいませんでした。

遅山仙人は46年ぶりに浮島に来たと言ってました。随分、様子が変わった、記憶と違うところがたくさんあるとボヤいていました。私も20年ぶりです。朝日町の上郷ダムで行われる朝日町ワイン祭りに来た時以来です。その後も、何度か朝日町のワイン祭りに来ましたが、数ある山形県内のワイン祭りの中で一番人気があり、一番美味しいのが朝日町です。





昔から鯉がたくさんいましたが、今も人が近づくとたくさんの鯉が餌を求めて近寄ってきます。







静寂の中、水面に映る、少しだけ始まった紅葉。秋の澄み渡った青空。最高のロケーションでした。



46年前に浮島に来た遅山仙人は、この石灯篭にスズメバチが巣を作っていて大騒ぎをしたというのです。彼によると、この石灯篭は車道のすぐそばにあり、対岸から見えたというのです。どうも、記憶とは自分に都合のいいように残っているようです。



















無数の浮島が湖面を浮遊するという現象にはお目にかかれませんでしたが、浮島の周りを散策し、次の目的地、松保の大杉へと向かいました。

2018年10月12日

オープンガーデンそらの帰り道 その2


6月の第一日曜日から毎月、オープンガーデンそらにリトルカブで出かけ、たくさんの花々に出会えることを楽しみにしてきました。この10月で今年の公開は終わりました。

オープンガーデンそらの帰り道、必ず立ち寄ってきたところがあります。

それは、私の先祖や親類縁者の墓地です。6月から毎月、欠かさず、お墓参りを続けてきました。

私の父は55歳で他界し、菩提寺は山形市緑町、通称寺町(てらまち)にある浄土真宗大谷派の寺院でした。私の家では父が最初の仏となったので、父の実家と同じ寺を菩提寺としたのです。

やがて、私は現代の葬式仏教に疑問を持ち、ハガキ一枚に離檀届(りだんとどけ)を書いて、檀家総代と住職あてに送り、檀家を辞めてしまいました。

父の墓は菩提寺ではなく、共同墓地にあったこともあり、スムーズに檀家を辞めることができました。

現在は、宗派を問わない無所属です。それでも、常に数珠は持参しています。神社に行ったら、二拝二拍手一拝でお祈りをします。イスラム教のモスクでは、体から眼鏡や時計などの金属を外して礼拝をします。

こんな私を山仲間の遅山仙人は信仰が厚いと言いますが、私は守るべき礼儀と尊厳、そして、亡くなった先祖や親類縁者、宗教の本体との会話と考えています。

毎月第一日曜日の午後、オープンガーデンそらの帰り道、7基の墓を参り、墓に眠る人々と会話してから、帰宅の途に就きます。

オープンガーデンそらの公開は終わりましたが、毎月のお墓参りは続けていきます。











himajintaro at 20:08|PermalinkComments(0)ツーリング | よもやま話

2018年10月11日

オープンガーデンそらの帰り道




オープンガーデンそらの帰り道。西蔵王のテレビ塔とテレビ塔の間を抜けて横根の集落を下りた所の道端に白花のシュウメイギクがたくさん咲いていたので、リトルカブを降りて一枚。
右側に少しだけ見える小さな頂きは戸神山(とがみやま)。
西の富神山(とがみやま)と共に山形市の東西「とがみやま」の一つです。
左側の頂きのすぐ左側脇に三角の富神山が小さく写っています。
東の戸神山も三角でピラミダルな山です。
山あいに市街地の眺望が開けていいポジションです。