寺参り

2020年10月28日

逆回り墓参り

2020.10.18

毎月恒例、第一日曜日の親類縁者の墓参りは10月は行くことができず、遅れて18日になりました。

通常、最後に行く、妻の父親の墓地は、前々日の16日に白鷹山の帰りに立ち寄ったので割愛し、いつもとは逆回りで墓参りツアーに出かけました。

最初は、山形市村木沢の等栄寺。この寺には、母方の身内が三基七尊が眠っていますが、8月15日に父方の従姉が亡くなったので、近いうちに一基一尊が増えることになります。

IMG_3576

従姉の葬儀にはコロナの影響で家族しか出席できませんでした。東京に住んでいる次男家族は葬儀のため帰郷することも許されず、家族も病院での面会は亡くなる直前に許されたということで、本人も家族も、親しくしていた私も寂しい思いをしました。

次は等栄寺から山形市街地を横断して、山家(やんべ)の金勝寺。ここは、一基三尊が眠っています。このうち、一尊は、以前も紹介した遅山仙人の身内です。

IMG_3581

谷あいに建てられた寺院ですが、すり鉢状の斜面に墓が立っています。私の身内の墓は一番下にあるので、お墓参りも楽ですが、斜面のお墓では年を取ってから墓参りは厳しくなることでしょう。

IMG_3582

IMG_3584

続いては、山形市街地の中心部に入ってきて、緑町の唯法寺です。この界隈には浄土真宗の十四ケ寺が集まっています。その昔、山形城の城主だった最上義光(もがみよしあき)が1500年代に浄土真宗の寺を集めて街づくりを進めたとされています。このため、通称、寺町と呼ばれています。

IMG_3587

この寺は、元々、蔵王温泉にあったものをこの場所に移したものです。このため、檀家のほとんどは旧堀田村(現在の蔵王温泉や堀田地区)の人々です。私のルーツは蔵王温泉のようです。

IMG_3585

ここには、父の実家の一基五尊が眠っています。

先代のご住職は旧制山形中学校(現在の山形東高等学校)の野球部で夏の甲子園でエースピッチャーとして活躍された方です。現在は、娘さんが後を取られています。

以前、蝋燭の火で失火し、現在は鉄筋コンクリートの本堂と庫裡になっています。

この後、近くの蔵米(くらまい)だんご武田米店に立ち寄りました。米屋さんですが、自家製の団子も美味しく、米の配達とともに量が多いと団子の配達もしてくれます。

日曜日は店は休みですが、店主が知り合いで、用事があったために立ち寄りました。

この近所は、前述のとおり、寺町と呼ばれ、この町の街づくりをしている羽州寺町界隈振興会という団体があり、この店主は団体の会長をしています。私も、この団体に所属しています。

西隣のBar Ber Shop しみずは行きつけの床屋さんです。さらに西隣の富輪(ふうりん)商会から、今のリトルカブを買いました。

さらに、ここから北にあるうなぎ・郷土料理あげつまも行きつけのお店です。オーナーが団体の会員のため、総会や会議等で使わせていただいています。高級料理店で敷居が高いと言われていますが、私たちがここで宴会をするときは5千円以上出したことはありません。

寺町を後にして、パソコンの組み立て用の材料調達で清住町にあるパソコン工房に立ち寄りました。ノートパソコンを分解修理していたのですが、CPU用のグリスの手持ちがなかったので、ここに立ち寄りました。

IMG_3589

パソコンの部品も、ほとんどがネットで買える時代ですが、数百円の小さな部品は店で買った方が早いのです。ただ、パソコン専用となると、山形市内ではこの店しかありません。一般的な電子部品なら山形の秋葉原、笹原デンキを利用します。

最後に、山形霊園に向かいました。元々、寺町の唯法寺の檀家でしたが、寺の敷地には空いている土地が無く、この霊園に墓地を求めました。その後、葬式仏教に嫌気がさし、ハガキ一枚で住職と檀家総代あての離団届を出して檀家を辞めて、現在、無所属となっています。

IMG_3590

この墓地には、私の先祖、三尊が眠っています。高台にあり、山形市内が一望できる良い場所にあります。

IMG_3591

この日は、計六基十三尊のお参りを済ませました。

コロナの影響で、葬式仏教にも陰りが見え始めています。コロナ以前から、仏壇や墓石が売れない時代になってきました。改めて、宗教を見つめ直す、いい機会だと思います。

himajintaro at 06:04|PermalinkComments(0)

2019年03月29日

べにばな霊園へ墓参り

3月末なのに10℃を越える日と休日が一致せず、なかなか、ツーリング出かけられずにいます。

今日は、知人で山形大学農学部を定年退官された先生の奥様が眠る、「べにばな霊園」に墓参りに行ってきました。



最高気温9℃、時々、風も強く、10℃を越えないと長時間のツーリングは体に堪えます。

朝日連峰、月山を見渡せる村山東部広域農道(スーパー農道)の交差点から北上し、大森トンネルを抜けるとすぐ右手に「べにばな霊園」が広がります。



元々、この場所はスーパー農道の土手の下に土砂を不法投棄されていた場所です。長らく、不法投棄問題が解決されずにいましたが、公益社団法人が買収造成して、霊園にしたものです。



この霊園は大森トンネルと立谷川の間にあり、春は立谷川の土手の法一面にシバザクラが開花し、シバザクラを見に来た人のために駐車場を開放しています。

この霊園を管理する団体の理事長は日ごろからボランティアで重機を使って立谷川の河川整備をしています。また、地元の人たちとともにシバザクラの管理も手掛けています。



鶴岡に住む知人の先生から奥様の墓地を探していると相談を受け、この霊園を紹介しました。娘さんが暮らす寒河江市からも比較的近いということで、この場所を選ばれたようです。

先生の奥様はキリスト教の無教会派という、偶像崇拝を禁ずるキリスト教の教えを絵に描いたような組織のメンバーでした。日本では内村鑑三が無教会派で有名です。

先生も内村鑑三の影響を受けており、奥様が眠る墓碑には内村鑑三信仰著作全集の一文が刻まれています。墓碑は先生ご自身がデザインされました。

親しい人たちが集まって行われた奥様の納骨式には私も参加させていただき、初めて屋外での讃美歌を聞くことができて、華美な葬式仏教と比べ、質素ではあるものの親しい人々から見送られる儀式に感銘を受けたことを覚えています。



himajintaro at 22:12|PermalinkComments(0)