お土産

2018年11月25日

新そばまつり 最上町赤倉温泉


2018.11.19ツーリング 189km

山刀伐トンネルを抜けて、少し、下ると最上町赤倉温泉です。

事前に、ホームページのイベント情報を見て、新そばまつりがあることがわかっていました。マイカーは会場から離れた場所にある駐車場からシャトルバスらしきものが出ると書いてありました。私たちは、会場入り口で誘導員さんに訊ねたところ、バイクなら良いだろうということで会場の駐車場に入れさせてもらいました。



午前10時に開会でしたが、9時10分には、会場の「お湯トピアもがみ」に到着しました。「お湯トピアもがみ」は、今で紹介してきた大蔵村「ふるさと味来館」、小国町「水源の郷交流館」と同じ、地域の集会施設です。ホール、会議室、厨房がある、社会教育法で言う公民館に相当する施設です。大蔵村と小国町は地域の人たちが運営する食堂が併設してありました。最上町は食堂はないようです。











受付で当日券を買い、かけそば、板そばのオーダーをするため順番を待っていると、地元のオバちゃんらしき数名から声をかけられました。

どこから来たのか尋ねられたので、山形と答えると、オバちゃんたちは新そばまつりの開催をどうやって知ったのか不思議に思っていました。地元の自分たちでさえ、このイベントを知らなかったと言います。

私はネットで簡単にイベントの開催を見つけることができますが、ネット難民と言われる人たちはイベントの開催はおろか、日常生活の情報でさえも、知ることができない時代になりました。

先進国の高齢者の多くは、パソコンやインターネットを使いこなす人が多いと聞きます。日本は、使いこなせる人が少ないと言われています。

地域の広報誌の発行頻度から行くと限界があります。ネット依存型の社会と高齢化社会のギャップをどう埋めていくか、今後の課題ですね。



奥の部屋ではそば打ち職人さんたちが一生懸命、そばを打っていました。地元のそば品種「最上早生」の新そばの打ちたてを食べることができるのです。





10時から新そばまつりのセレモニーが始まりました。最上町の町長さんの挨拶があり、最上町のそば打ち職人さんたちの師匠に当たる方が紹介されていました。宮城県の方のようでした。







オーダーしていた板そばを受け取り、早速、最上早生の新そばをいただきました。

タレをつけずに、そばだけを食べてみます。口に入れた瞬間は、そば特有の香りがあまりせず、後から鼻に抜けてくるような感じがしました。ちょっと、土臭いような感じです。

そばの実の外側の皮に近い部分をどれだけ使うかで、味も香りも触感も違います。最近、皮を使わない更級系のそば屋さんが多くなってきています。清酒で言うところの精米歩合(搗精歩合)が低い、50%近くも玄米を削って作る大吟醸的な日本酒が好まれるのと同じ現象だと思います。

雑味が無くて美味しいと女性にも人気が出てきた大吟醸酒と更級そばです。

新そばまつりのそばは、皮に近いところも粉にしてあり、そばの風味が楽しめました。



新そばまつり会場のホールで地元で採れた野菜や漬物、お酒などを売っていました。目に入ったのは、ヤマワサビと称してユリワサビが売られていました。春、白くて小さな花をつけ、沢沿いに自生しているワサビの仲間です。

ユリワサビは全体を熱湯にくぐして、密閉容器で保存するとワサビ特有の辛みが出て、春の味覚として美味しくいただきます。この時期に売っているのは珍しく、買ってみました。春のユリワサビと同じで、ワサビの辛みを家で楽しみました。



会場入り口の誘導員さんたちにお礼を言って、新そばまつりを後にし、赤倉温泉街を走ってみました。







紅葉の時期も終わり、雪見やスキーの季節には、まだ早く、温泉街はひっそりしていました。



国道47号に入り、舟形町方面に向かいました。

himajintaro at 10:31|PermalinkComments(0)

2018年10月27日

ちょっと市内を一回り 園長先生へ


2018.10.14ちょっと市内を一回り
前日、美味しいことで有名な焼鳥屋「小柳(こやぎ)」の焼鳥と山形名物の「いも煮」で息子と酒を飲んだ時、旧知の保育園の園長先生の話題になりました。しばらく会っていないので、息子から気になったら訪ねた方がいいと言われ、リトルカブで出かけることにしました。





園長先生とは20数年来のお付き合いで、最初は仕事がらみで知り合いましたが、先生のプライベートな話や保育園の運営、樹木管理など仕事とは関係のないことで相談に乗らせていただいていました。

ここ、1、2年、ご無沙汰だったので近況が気になっていました。息子の勤め先の代表が、この保育園の保母をしていたこともあり、息子のことも園長先生からは気にかけていただいていました。

以前から、後継者不足で悩んでおられ、先生の意志を継いで保育園を運営できる保育士を育てることが近々の課題になっていました。

しかし、今は、どこの職場も人手不足。単なる頭数ではなく、仕事に対する意識やスキルの高さを求めようにも、そういう人は引っ張りだこで、なかなか、良い人材を探せない状況にあります。

その他にも、新しい園舎の建設時に庭師にいい加減な工事をされて、被害を被ったとか、保育士が精神的な悩みを抱えどうしたらいいかとか、相談の内容は多岐にわたります。

先生は女手一つで保育園を立ち上げて、認可保育園になるまで、たくさんの苦労をされてきました。

不思議なことに、先生が私に会いたいと思っていると私が現れるのだそうです。

これも縁なのでしょうか。

いつも、先生を訪ねるといろんな御土産をいただきます。ご辞退させていただくのですが、「貰いものだから、持って行って、持って行って。」とおっしゃるので、ありがたく頂戴してきます。

今回は、新米。美味しいミルキークイーンです。





また、近いうちにお会いすることとして、先生と別れ、久しぶりに盃山(さかずきやま)に向かいました。

himajintaro at 22:34|PermalinkComments(0)

2018年09月20日

福島市信夫山と阿武隈川ライン下り 青トウガラシ編


2018.9.17ツーリング

信夫山を下りて、阿武隈川を下るために伊達市保原に向かいました。国道4号に入らず、ちょっとだけ国道115号・中村街道を走り、県道に入りました。

今回のツーリングは信夫山に行ったら、後は風の吹くまま、気の向くまま走ろうと決めていたのですが、もしかしたらと思い、密かに保原に住むベンガル人のお土産をカブのBOXに隠し持っていきました。

お土産とは、下の写真にある青トウガラシのパウダーです。この青トウガラシのパウダーは、9月18日の日記「バイクの師匠の5周忌を偲ぶ会」で、山仲間の悪友がお土産として持ってきたものです。

トウガラシパウダーはバングラデシュのアロアシャ学園内にある干しマンゴー工場で作られたものです。工場は日本の企業と現地が資本投資して作りました。衛生面ではHACCP(ハサップ)の基準を満たしています。

この工場については、姉妹ブログ・バングラデシュ珍道中記の2018年7月6日の日記「ラッシャヒマンゴーを紹介するページ」で取り上げました。



青トウガラシについてはベンガル人の皆さんは特別なこだわりがあるようです。

2009年にバングラデシュ・アロアシャ学園の元校長モーシン・アリさんが3か月来日した時に、世界三大炊き込みご飯の一つである「ビリアニ」の作り方を教えてもらいました。

バングラデシュ珍道中記の2009年8月21日の日記「美味しいビリアニの作り方」にレシピがあります。そこには材料として「青トウガラシ」の記載があります。

アリさんは「青トウガラシ」でないと美味しくないと言いました。3か月の間、自分でバングラ料理を自炊していましたが、スーパーで青トウガラシだけを探していました。私たち日本人としては、鷹の爪やラー油、新潟の「かんずり」などの赤いトウガラシを使う食文化がありますが、バングラデシュには赤トウガラシの食文化が無いのかと、当時は感じていました。

保原に住むベンガル人のルンジュさんは、日本人女性と結婚されて、日本の中古車をアフリカに輸出する仕事をされています。ルンジュさんは仕事でお留守でしたが、奥さんがいらっしゃいました。

奥さんによると青トウガラシをご自宅でたくさん栽培されているそうです。特に冬の青トウガラシの確保が大変で、熟して赤くなる前の青いうちに収穫するとのこと。

今回、パウダーになっている青トウガラシを保原に持って行って正解だったと思います。

奥さんにルンジュさんによろしくと別れの挨拶をして保原を発ち、阿武隈川を下るために梁川に向けて2台のカブを走らせました。

himajintaro at 20:46|PermalinkComments(0)

2018年07月19日

岩根沢 番外 月山羊羹編


2018.5.4ツーリング

海味温泉の湯上り後、遅山仙人が「お菓子のいばらき」に寄って行こうというので、彼を先頭に水沢地区に向かいました。

店には第18回全国菓子大博覧会名誉金賞の賞状の額が飾ってありましたが、肝心の月山羊羹(がっさんようかん)は置いていませんでした。店番をしていた爺さん、婆さんに尋ねたら、もう何年も前から月山羊羹は作っていないとのことでした。

私も月山羊羹は記憶にあります。山形市内のデパートに置いてありました。ちょっとだけ、高級品だったので、貧乏人の私には簡単に買えなかった気がします。

今でも、県外から月山羊羹を求めて訪ねてくる方がいるそうです。

月山羊羹を継ぐ後継者がいないため、「お菓子のいばらき」も無くなる運命にあるそうです。

岩根沢から若い人が去っていき、伝統的な名産品も過去の栄光とともに消え去っていく現実を見せつけられるツーリングになってしまいました。

高度経済成長は日本に何をもたらしたのでしょうか。




himajintaro at 20:14|PermalinkComments(0)

2018年07月16日

四ケ村の棚田 肘折温泉編


2018.7.13ツーリング

昨年の同じ時期に肘折温泉に行きましたが、その時は共同浴場上の湯に入ったので、今回は、肘折いでゆ館に入りました。

最初は、お客さんは誰もいませんでした。その後、新庄からの男性が来られました。羽根沢温泉で新庄から毎日入りに来るお客さんに会ったと話をしたら、疲れが取れるのは肘折温泉だと言っていました。

売店で、名物のカルデラサイダーをお土産に買いました。

その後、棚田カードが置いてある四ケ村(しかむら)のふるさと味来館へと走りました。









この下駄箱の奥行きが短くて、私が履いているズック型の安全靴が入りませんでした。まるで、子供用の気がします。↑







浴室は3階にあり、脱衣所からは肘折温泉街が見えます。





山形市内から来たお客さんが肘折いでゆ館の場所を示す案内が無いとアンケートに書いていました。
私はすぐにGoogleマップを使いますが、4輪車の場合、原チャリのようにすぐに止まって確認することは難しいでしょうから、何らかの対策は必要ですね。







himajintaro at 17:02|PermalinkComments(0)