登山

2020年09月27日

千歳山で芋煮会

2020.9.22

千歳山五合目で小休憩した後、再び、遅山仙人を先頭に山頂を目指しました。

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仙人は山頂で伸びてしまいました。時刻は11時40分。登山口から1時間10分でした。私が登るペースの倍以上かかりました。仙人にとっては、昨年5月、白鷹山以来の登山になります。

中学時代は徒競走400mで山形県記録を塗り替え、近くの高校から部活で千歳山を走って上り下りし、山頂で顧問の目を盗んで一煙し、大学でもスポーツで活躍し、社会人の登山サークルで長年会長をしていた元アスリートも、日ごろの怠惰な生活ですっかり体が鈍ってしまいました。

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山頂からちょっと下がった所に木造二階建ての展望台があり、そこで昼食を取ることにしました。建ててすぐの時は見晴らしが良かったのですが、今は木が生い茂り眺望を遮ってしまいました。

同行した山仲間S氏も、この展望台の存在は知らなかったようで、20年以上、登っていないようでした。

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仙人は気持ちが悪い、疲れて食事どころではないと言い出しました。

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私は、いつものようにアルマイトのやかんで湯を沸かし、久しぶりに持ってきた減塩カップラーメンに湯を注ぎました。

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仙人が食欲不振で昼食の準備をしない内にS氏がリックの中から、ちょっと大き目の鍋を取り出し、山形県民の秋のソウルフードである芋煮を温め始めました。

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この時期、河原に人が集まり、大きな鍋に里芋、こんにゃく、牛肉を砂糖、日本酒、醤油味で煮ます。マイタケやゴボウなどを入れることもあります。煮上がったところに大きめに斜め切りした長ネギを入れて完成です。

昔から、職場や学校、町内会、PTA、子供会、友人同士など様々なグループが馬見ヶ崎川の河川敷で芋煮の鍋を囲んで大宴会が繰り広げられてきました。9月から11月初旬の土日は1,000人以上の人々で賑わいます。平日も河原のあちらこちらで煙や湯気が立ち上り、たくさんの芋煮会が行われます。今年はコロナの影響で例年より参加者が少ないようです。

山形県の日本海側の庄内地方は豚肉に味噌味、仙台は豚肉に豆腐が入り味噌味となり、地域によって様々な味付けがあるようです。

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S氏は自宅で芋煮を作り、千歳山まで持ってきてくれました。

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期せずして、S氏の計らいで千歳山山頂で芋煮会となりました。これにお酒があったら最高なのです。

疲労困憊してグロッキーになっていた仙人も流石に芋煮の香りには勝つことができず、食欲が湧いてきました。

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Facebookに、この様子をアップしたら、「最高の贅沢ですね」という書き込みをもらいました。「遊びの極意は非日常の空間に日常を持ち込むことです」と返事をすると、たくさんのいいねを頂きました。芋煮は山形人にとって日常です。普通に家でも煮て食べます。

40年前の学生時代、初めて朝日連峰縦走した時に、一泊目の竜門小屋で牛肉を焼いて小屋中を焼肉の香りで充満させました。30年前にはレギュラーコーヒーを山に持って行き、薫り高きコーヒーを普通に飲んでいました。冬山で焼肉もしました。ピラフを炊いたり、登る途中で採った山菜を天ぷらにするなど当たり前にしてきました。

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7年前に亡くなった山仲間のO氏も、月山や飯豊山に大きなスイカを丸ごと1個持って行ったり、12月の半ばに福島県の霊山にクリスマスケーキを箱ごと持って行きました。山頂で、すき焼きを平気でしていました。

私たち山仲間はみんな遊びの極意を知っている連中です。いつも、楽しい山行になります。

こんな話をしているうちに時計は午後3時を過ぎました。そろそろ、下山することにしました。


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2020年09月25日

久しぶりに千歳山登山

2020.9.22

昨年11月の初旬、尾花沢市と宮城県加美町との県境にある翁山の登山をするために林道を車で走っていきましたが、予想外の大雪で断念して引き返しました。このため、リベンジを果たそうと体力調整のため、千歳山に登りました。

昼に山頂で食事という設定で、朝、昼食を作りました。

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パンとイワシの味噌煮、キャベツでホットサンドを作りました。

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革の重登山靴を持って出発です。

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現在のように高い建物が無かった時代は山形市内のどこからでも見ることができる円錐形のピラミダルな山です。上の写真は以前撮った写真です。千歳山の麓まで市街地が伸びています。このため、山形市民にとってはシンボリックな山です。

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山形県内の内陸部は、東に宮城県との県境があり、そこを源流として北西方向に幾つもの川が流れ、平野部に流れ込む付近に必ずと言っていいほど、三角形の山が作られています。まるで、オカルト雑誌ムーで取り上げられそうな、きれいな三角形を成しています。

千歳山


幾つかある登山口のうち、一番オーソドックスな千歳山こんにゃく店前に朝10時集合としました。この店は、国道286号改修前は砂利道に車を置いて、道から歩いて下ったところに木造の古い建物が立っていました。山形県民のソウルフードである玉こんにゃくを売っていました。この店の玉こんにゃくは手作りで大きくコシがあったので、宇都宮でスナックを経営していた叔母が度々買いに来ていました。その後、土地収用移転で現在地に新しい店を開店しました。

参加者はいつもの三人です。以前は、屋外のイベントにはバングラデシュ珍道中記に登場する悪友も参加していましたが、最近は、魔が差したのか、頭脳の世界に没頭し、シャバに出てくることもなく、自分で呪いをかけたわけでもないのに醜い豚になってしまいました。

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大方の予想通り、遅山仙人は10分以上遅れて到着しました。付近には片側2車線の大きな国道が交差しているので、ここまで原付で来るのには、ちょっとした技が必要なのです。仙人のBOXの中には米5kgが入っていました。来る途中買ってきたと言うのです。

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山仲間S氏からコールマンの真新しいサブザックをもらい、荷物を詰め替えました。

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S氏が言う「苔生したスーパーカブ」とは、上の写真のように実際にフェンダーに苔が付き始めたからなのです。もちろん、苔を落とそうなどという発想は仙人には毛頭ありません。仙人は付き始めたのではなく、すでに憑いているのです。

この日は、登山客の車が駐車場や駐禁でない道路にたくさん路駐していました。バイクや自転車もたくさんあり、すでに相当数の登山者が登っていると思われました。

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登山口を予定の30分オーバーの10時30分に登り始めました。一番体力のない仙人を先頭に仙人のペースで登りました。通称岩五郎稲荷(千歳稲荷神社)の林立する赤い鳥居を潜ります。

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岩五郎稲荷に登山の無事を祈願し、本格的に登り始めました。

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山頂までは登山口から私の足では25分から30分というところです。途中、下山する何人かの登山客とすれ違いました。4連休最終日ということもあり、家族連れ、特に小学生を連れた家族が多かったようです。

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五合目付近の眺めの良いところで小休憩としました。山頂は見晴らしが良くないので、ここで眼下に広がる山形市街地を眺めました。市街地が麓まで来ているので福島市の信夫山からの眺めを彷彿させます。

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千歳山はアカマツの緑が生える山でした。松茸も取れる山でした。しかし、御多分に漏れることなく、全国に蔓延したマツノマダラカミキリ(松くい虫)に寄生するマツノザイセンチュウによる枯死が大量発生しました。

現在のような伐倒薬剤処理以前は、寄主であるマツノマダラカミキリ防除のためヘリコプターによるスミチオン散布を試みましたが、市民団体による反対運動が展開されて社会問題になったこともあります。

地主である林野庁は造林の山でない千歳山の自然の変遷を重視したため、下刈りなどの手入れは行われませんでした。アカマツの樹齢も古く、次世代への更新が上手くならなかったために、比較的若い生きたマツの根に共生する松茸も生えなくなってしまいました。

マツノザイセンチュウに強いアカマツの品種が密かに植えられきましたが、千歳山の表土は栄養化が進み、貧栄養の山に生えるパイオニア植物であるアカマツは本来の役割を終え、松の緑から雑木の緑へ変貌しています。

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数々の学校の校歌に千歳山の松が歌われてきましたが、時代の変遷を感じます。

次回、山頂での昼食の様子をお伝えします。



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2020年08月17日

前ブレーキ鳴く

毎朝、愛車リトルカブで通勤する時に前輪ブレーキを掛けると鳴くようになりました。しばらく、走ると鳴かなくなります。これを毎朝繰り返すようになりました。

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多分、ブレーキパッドが錆びている可能性があるので、前輪を外しみました。

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案の定、ちょっとだけ、錆びていました。以前も同じような現象が起きていたので、もしかしたらと思い、外してみることにしました。

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錆を落としたら鳴かなくなりました。グリスを塗り直して、組付けました。

今週末、山仲間S氏から鳥海山鉾立登山口で夜空の星を見る誘いを受けています。翌日の午前中、鳥海湖までトレッキングの予定です。

遅山仙人にも声をかけていますが、私はテントや夜具、食料の準備の都合があるので、現地集合、現地解散、食料、夜具は各自調達、自己責任と伝えました。私は一人用のテントを持っていますが、仙人は十数年所在の分からない2,3人用のテントはあると言っていました。2,3人用のテントでは、仙人がカブで持って行くのは至難の業でしょう。それに寝袋も必要です。

仙人は最悪、テントなしで野宿するような口ぶりでした。長年椅子に座って寝ているため、横になって寝ることができない仙人が、夜、気温が下がる鳥海山の5合目でどうやって過ごすのか。今回は仙人の面倒は一切見ないこととしました。

前ブレーキの鳴きも含めて、鳥海山行きのためにリトルカブの調整行いました。


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2020年06月22日

チングルマの楽園へ

2020.6.12  御田ノ神湿原

6/5のタケノコ取り「タケノコ取りに行くぞ!」に参加できなかった山仲間S氏から蔵王(ざおう)・御田ノ神(おだのかみ)のチングルマが満開だと言う情報を得て、タケノコ取りから丁度一週間後、御田ノ神に出かけました。

御田ノ神湿原はどこにあるかというとタケノコ取りで紹介した横川堰の真北にあります。

横川堰御田の神

今回は山仲間の遅山仙人には声を掛けず、単独でリトルカブで蔵王エコーラインを上って行きました。平日ということもあり、午前8時ごろ自宅を出発しました。登山靴と、いつものフレンチプレスコーヒー一式、昼食もリトルカブに載せて行きました。

いつもなら距離を長く取って緩やかに上り、エンジンに負担の少ない蔵王温泉経由を利用しますが、今回は上山市内から蔵王エコーラインを目指しました。上山市永野から胸突き八丁の上り坂になりリトルカブのエンジンが悲鳴を上げます。9千回転を優に超え、負担が大きくなりますが、今年、広島高潤のオイルからエーゼットに切り替えたこともあり、性能を確認できる良いチャンスでもありました。

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上山市永野からリトルカブを抜くことができず、逆に離されていった運送会社の自家用バスを蔵王温泉への分岐点のある上山市猿倉で抜いてもらい写真に納まってもらいました。

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下界では曇りでしたが、上に行くほど天気が良くなりました。

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森林限界まで上ると青空が見えてきました。県境越境自粛の平日なので交通量は極端に少ない、快適なツーリングでした。

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遠方に蔵王熊野岳が見えてきました。

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宮城県の看板を過ぎると駐車場まではもうすぐです。

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蔵王刈田岳へのリフトがある駐車場の一番山形県側にリトルカブを停めました。ここで、一応、登山靴に履き替え、カメラ、双眼鏡、フレンチプレスコーヒー一式をサブザックに詰めて、山形県側に戻るように道路を歩きます。

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標高1,550mの御田ノ神付近には雪が残っていました。

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山形県の看板のすぐ脇から御田ノ神湿原に入ります。

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御田ノ神湿原は蔵王エコーラインからすぐに入れる場所にあります。一般の観光客でも普通に行ける場所です。木道が整備されて歩きやすい環境にあります。坊平高原(ライザスキー場)と刈田岳を結ぶ登山道が横切っています。

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チングルマだけではなく、ワタスゲやハクサンチドリ、イワカガミ、ハクサンコザクラなどの高山植物が一斉に花を咲かせていました。

この湿原には、丁度4年前の2016.6.12に山仲間5人で訪れています。その時の様子は「蔵王御田ノ神湿原 20160612」で紹介しています。花の写真も何枚か揚げています。


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避難小屋のそばでコーヒータイムとしました。

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今回は買ったばかりの双眼鏡が役に立ちました。ペンタックス・リコーの対物25mmの8倍を夏秋のキノコ採り用に買ったものです。

以前は、木道が整備されていない時は湿原のどこにでも行けたのですが、やみくもに湿原に入られないために木道が整備されました。遠景の花の様子を見るには双眼鏡が一番です。

登山の服装で写真を撮っている方や一般の観光客の方もいましたが、さすがに双眼鏡を持って来た人はいませんでした。

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後2週間もするとコバイケイが満開になるかもしれません。

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帰るころにはガスってきました。

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リトルカブを停めた駐車場に戻り、パラダイスゲレンデのある中央高原に向かうことにしました。片貝沼の四阿(あずまや)で昼食を取ることにします。



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2019年11月02日

ポツンと公衆電話ボックス

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路面の凸凹に苦しむ遅山仙人がやっとの思いで到着した祝瓶(いわいかめ)山荘。

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ここは、朝日連峰の南端、東北のマッターホルン・祝瓶山のベースキャンプ地です。写真は撮ってきていませんが祝瓶山荘以外にもアンテナやソーラーパネルが無数に立っている目的のわからない建物があります。

祝瓶山荘は長井山岳会が管理していると思っていましたが、地元の置賜弁(おきたまべん)ではない、聞き慣れない言葉を発する人たちが小屋を出入りし、バリケードのロープを張られて早々に追い出されてしまいました。

止む無く、道路向かいの駐車場にリトルカブを移動しました。

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この駐車場には、お隣宮城県と関東ナンバーの車が置いてありました。多分、登山客だと思います。

そして、ポツンと公衆電話ボックスが立っていました。昔無かった公衆電話が設置されて、便利がよくなったと感心しました。

朝日連峰の鳥原小屋に登る白滝コースへ向かう途中、木川ダム上流、大井沢への交差点に無線の公衆電話があったことを覚えています。今は山の尾根に登ると携帯電話がつながるようになったので、この公衆電話は無くなりました。

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電話ボックスに行ってみると肝心な公衆電話は無く、登山簿記載所と表示してありました。

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このボックスには登山計画書(登山者カード)を書くための用紙が置いてあり、登山者が行動予定を書き込みます。登山口で計画書を書いてから登るパターンが多いのですが、事前に登り口の警察署に任意の様式で提出することもできます。最近はインターネットで受け付ける警察署もあると聞いたことがあります。

登山計画書は万が一、遭難した時に捜索に役に立つ資料です。最近は、インターネットで山岳保険を掛けることも出来るようになりました。私は、スマホのアプリであるYAMAPで登山計画書や山岳保険を利用しています。

本来なら、祝瓶山荘がオープンに解放されていて、そこに登山計画書が置いているのでしょうが、閉鎖的な感じがした祝瓶山荘があるので、公衆電話ボックスが活躍しているのでしょう。

久しぶりの東北のマッターホルンを眺めながら、思わぬ話題でコーヒータイムが沸騰しました。

私の父親の小学校の同級生で、親しくしていた的屋(てきや)の親分の二男が私の小学校の同級生ですが、長男が仙人の高校の同級生であることがわかりました。

その長男が、高校時代は生徒会長をしながら自ら運転のマイカー通学をし、公立高校初の学生運動を首謀するという破天荒な人物ながらも、人望があり、人をまとめる力を持っていたのは、父親譲りだったのだろうと仙人は言います。

父の同級生と家族は、港町の荷役に関する抗争事件をまとめるために山形を離れてしまいます。私は父から聞いて山形を離れた理由を詳しく知っていましたが、仙人は私から聞いて初めて知ったようです。

長男は東京で働き、持ち前のパワーで頭角を現していきます。結婚して家庭を持つものの長続きせず、離婚して港町に戻ります。港町に戻り再婚し弟が継いだ家業の手伝いをすることになります。

港町に戻ってから暫くして、仙人は長男と同級会で会ったそうですが、抗争事件もなく平和に暮らし、若い頃のような覇気が無くなり、気の抜けたサイダーの様な状態だったそうです。

人の人生のあり様を考えさせられました。


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