登山

2019年06月28日

行ける所まで行こう。

行ける所まで行こうというのはリトルカブツーリングと同じ。通行止めがどこなのかを確かめるべく、奥新川コースを歩き始めました。

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しばらく歩いていくと奥新川神社がありました。

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神社のちょっと先に仙台と山形を結ぶ仙山線を直流電化した時の遺構(昔の施設)が残されていました。

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県境の長いトンネルは日本でも有数の長さと日本でも初期の直流電化だったことを小学校の社会で習った記憶があります。

今でこそ、山形からは山形新幹線で米沢、福島を通って東京に行けるようになりましたが、戦後しばらくは難所の板谷峠をスイッチバック方式で蒸気機関車が走っていました。

それに比べると、仙山線の電化は昭和12年だったので、仙台と山形を結ぶ仙山線がいかに重要であったのか伺い知ることができます。

今では、朝には5分間隔で走る仙台・山形の都市間バスに主役の座を奪われてしまいました。

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仙山線直流電化の遺構から、しばらく進むと何台かの自動車がありました。どうも、渓流釣りの人たちの車のようです。山で駐車をするときのルールですが、基本、帰る方向に駐車します。また、Uターンする場所には車を置いてはいけません。この先にUターンできる場所がないとバックのまま、延々と来た道を走らなければなりません。

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駐車している場所から少しくと道は狭くなり、軽トラックでもないと行くことができない状態になります。

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ここから右側を降りていくと南沢の渓流に行くようですが通行止めになっています。釣り客は、ここを下って行ったと思われます。

そのまま左側を進むと視線の先に仙山線の赤い鉄橋が見えてきます。

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左側の道も赤い鉄橋の前で通行止めになっていました。

ちなみに、この鉄橋は2年前の2017年10月に塗られたようです。エポキシ系の樹脂を3層に分けて塗り、表面はウレタン系の樹脂を使っているようです。通常は人間の手による刷毛塗りです。スプレーガンを使って塗ると厚みは有っても寿命が短いのです。人間の手に敵わないものもあるのです。完成検査の時に塗膜厚を測る器械を使います。

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歩けるのはここまでなので、折り返して、奥新川駅に戻りました。



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県境の長いトンネルを抜けると奥新川だった。

山形駅8時55分発の仙台行き普通列車で山仲間と落合い、遅山仙人は次の駅、北山形駅での乗り継ぎで合流しました。

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梅雨時のはっきりしない天候ではありましたが、まずは降ることもなく山寺駅に到着しました。この日は平日だったので観光客の乗降も少なく、上り列車のすれ違い待ち合わせで数分間の停車時間がありました。

この後、2019年06月20日の日記「白水ダムへのルートを彷徨う」で書いた面白山駅から山寺まで下りてくるルートとは逆方向の紅葉川渓谷を遡って列車は進みます。面白山駅からすぐ面白山トンネルに入ります。

トンネルに入ると昔トンネル内に停車駅があったことや今でもトンネルから出る地下水が水道水の水源になっている話で盛り上がりました。

長いトンネルを抜けて次の停車駅が目的地の奥新川駅です。新川(にっかわ)の奥にあるというので奥新川と呼ばれていますが、ニッカウヰスキーの語源になったことでも有名です。奥新川駅には9時30分の到着で片道500円でした。

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下りた客は私たち3人だけでした。

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無人駅には通行禁止の貼紙がありました。事前にネットで調べていましたが、仙台市のホームページには同じ文章の表現はあるのですが、具体的な位置関係を示す詳細な地図が明示されておらず、南沢A橋がどこにあるのか、全くわかりませんでした。

取りあえず、行けるだけ行ってみようということになり、列車に乗ることにしたのです。

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駅前には食堂があり、犬がいました。後で、この犬が登場します。食堂の前から左に進むと奥新川ラインです。

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南沢橋A橋と南沢橋B橋の両方が表示され、案内図には橋の名前はありません。案内図は仙台市のページに同じものがありました。しかし、これ以上に詳細な地図を探しましたが見つかりませんでした。よく使う国土地理院5万分の一地形図と比べても良くわかりませんでした。

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奥新川駅から下るコースは新川ラインで全面通行止めになっているようです。このルートはニッカウヰスキーの仙台工場につながるはずです。

私が所属していた登山サークル(サークルという集合体と言葉は今では死語です。)で、この奥新川渓谷で芋煮会をしたことがありますが、私は参加せずに奥新川は初めて来ました。



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2019年05月18日

慣らし運転2の前に白鷹山に行ってきました。

リトルカブの調整が終わり、慣らし運転パート2の前に「霞城公園で花見をしました。」で一緒に花見をした山仲間3人で山形市の西部にある白鷹山に行ってきました。


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今では骨とう品になってしまった革製の登山靴にミンクオイルを染込ませて準備OK。私はその他にも革製の登山靴を二足持っています。一足は仕事で使っていたショートタイプの登山靴。もう一足は、オイルに漬け込んだ革を使って作られたもので、防水性と保温に優れ、山スキーや冬山にも履いた靴です。非常に愛着のある靴ですが、ビブラムソールというゴム製の靴底が長年の使用のため摩耗劣化してしまい、靴底を交換しようか思案しています。

革製の登山靴は重いという欠点があります。最近の登山事故で足首を捻挫して動けなくなるという事故が多発しています。地面に対して安定して踏ん張りが効き、足首を守ってくれるという点では高さのある革靴に勝るものはないと思っています。

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まだ残雪が残る白鷹山には山辺町嶽原(たけばら)から約一時間で登ることができます。母親の実家が嶽原にあったということもあり、幼い頃から数限りなく登ったことのある山ではありますが、最近、ご無沙汰をしておりました。

毎年、正月元旦に白鷹山に登るのが恒例行事のようにしていました。山辺町の町長さん達御一行様が朝早くに登った後にゆっくりと山仲間たちと登っていました。この時履いていたのが前述のオイルド登山靴でした。

毎年同じ人たちが登るので顔なじみとなり、山辺町の親戚たちも登るので、新年のあいさつを交わしました。

しかし、バングラデシュで年末年始を過ごすようになってからは、白鷹山の元日登山からは遠ざかっていました。


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山頂には虚空蔵菩薩が祭られています。毎年5月13日のお祭りを「高い山」と呼び、昔は、山形市大平の集落付近から列をなして参拝客が山頂を目指したと母親が言っていました。

この山の山頂付近に複数の行政界があるので、例年5月13日は白鷹町、山辺町、南陽市、上山市、山形市の自治体関係者や多くの登山客が集まり、交流行事が行われています。

私たちが登ったのは祭りのちょうど1週間前の5月6日でした。

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白鷹山は白鷹丘陵カルデラ火山の外輪山の最高峰になります。北側は巨大な爆裂火口になっており、県民の森として整備され、憩いの場として多くの人たちが訪れています。

西側には朝日連峰がそびえ立っています。月山や葉山、時には鳥海山も見えますが、山頂の樹木が生い茂り、だんだん、眺望が悪くなってきました。

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私は、登山にはピッケルを持って行きます。これは、熊に出会った時の護身用にしています。シャフトは木製で長く、ピックと石突きが鋼鉄製で鋭利になっています。先ほどの登山靴と同じように現在では見ることができなくなった絶滅危惧種の一つです。鈴を身に着けている登山者が多いのですが、自分の位置を知らせることになり、かえって、危険だとまで言われています。

昨年、秋田県ではタケノコ取りの人が熊に襲われる事件が数件起こりました。熊がわざと人間を襲っているということがわかり、今まで使っていたカウベルを止めてしまいました。

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休憩タイムには山仲間から良く冷えたノンアルコールビールと途轍もなく辛いつまみをいただきました。私はいつものようにコーヒーとチョコレートを準備しました。

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登りは遅山仙人のペースで1時間、下りも仙人のペースで1時間でした。山仲間の知人の奥様が経営しているという蕎麦屋さんで昼食を取ることにしました。

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古民家を一部近代的にリホームして蕎麦屋にした「蕎麦処ふるさわ」です。山仲間の知人は建築関係の仕事をされていると聞き、納得の作りになっています。スタッフはすべて女性とのこと。

山仲間が言うには、女性は手が冷たいのでそば打ちに打ってつけとのこと。

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窓際は机に椅子、内側は畳にテーブルという席の配置になっていました。古い家の場合は畳にテーブルが一般的ですが、この蕎麦屋さんは、好みに応じて席を選ぶことができ、お年寄りや家族連れにも配慮した、小洒落た、いい雰囲気のお店でした。

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南側の庭が見え、モダンに増築した部屋の席をリザーブしていただきました。

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麺は100%蕎麦粉の手打ち細麺。普通、細かい蕎麦殻が麺の中に見えますが、この麺は全くわかりませんでした。胚乳部分だけを使うと真っ白になるのでしょうが、この蕎麦は粒々のない、きれいな茶封筒のような色でした。更級系なのでしょうか。

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知人ということで、ハートの形をしたカップにコーヒーを出していただきました。

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次は慣らし運転パート2をアップする予定ですが、一つ忘れていました。

前回の「シリンダーヘッドカバーのボルトとタペット調整」で書き忘れていたことがあります。それは、この時に熱価を1つ上げた点火プラグに交換したことを忘れていました。今まで熱価6(下の写真左)を熱価7(写真右)にしました。


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2018年09月19日

福島市信夫山と阿武隈川ライン下り 信夫山編


2018.9.17ツーリング

前々日の9/15、9/16に泊りがけでバイクの師匠の5周忌をしました。9/16は福島市飯坂温泉上流の摺上川ダム梨平公園でバイクミーティングがあったようですが酒気帯び運転になってはまずいので参加しませんでした。

そして、翌日の9/17にツーリングすることにしました。

以前から行ってみたかった福島市信夫山(しのぶやま)を第一目標地点として朝7時に山形を出発しました。昨夜の雨が少し残っていましたが、南は雨が降らない予報だったので、迷わず福島市を目指しました。

いつものように、上山市柏木峠、高畠町二井宿峠、七ヶ宿町稲子峠を越え、私が好きな国道399号を走りました。

摺上川ダムに近づくと期待を裏切らず、50頭前後の猿軍団に出くわしました。道路の両側で毛づくろいに励む猿たちでした。毎回、この周辺でサルの群れに出くわすので同じ個体群なのでしょう。子供たちの数が多いことに気が付きました。確実に個体群の大きさが拡大しています。





福島市街地に鎮座する信夫山は、以前から気になっていた山の一つです。山形から国道13号を走ると、この山を突き抜けるトンネルがあり、東北新幹線もこの山を突き抜けて、すぐに福島駅になります。

盆地の真ん中に、どうやってできた山なのか、興味をそそります。

飯坂温泉を福島交通飯坂線の電車を見ながら南下し、横断する国道13号を左折せず、そのまま直進し、電車が来ることを期待しながら線路沿いを走ます。そのまま南下すると、信夫山の西の麓に近づき、右手に県立福島工業高等学校を見ながら左折し、東北本線と飯坂線を跨いで信夫山に取り付けるはずだったのです。ところが、県立福島工業高等学校の交差点を見過ごしてしまい、信夫山の南側の福島県立図書館側から何とか上っていきました。





西側の展望台を目指し、急な坂道を一気に駆け上がりました。信夫山にはたくさんの神社や寺院があります。墓地などもあり、お参りする人の車が道路沿いにたくさん駐車していました。

最後のつづら折りを上り詰めると駐車場になります。そこから歩いて数分で展望台に到着しました。途中、展望台までの案内が分かりにくかったのですが、前もって、Googleマップで経路を確認しておいたのですんなりと駐車場まで上がることができました。

駐車場にいた66歳になるオジサンから、カブで山形から来たことを驚かれ、いい趣味だと褒められて、少しばかり、誇らしい気分になりました。



駐車場から登ってすぐの所に湯殿神社があります。お参りをして、神社の裏側から眺めると、今、飯坂線と一緒に走ってきた道路や東北新幹線、国道13号が市街地北部とともに見渡すことができます。



この湯殿神社から下りになっており、信夫山の西端の展望台に辿り着きます。





ここからの眺望が絶景でした。googleで今流行りの360度の写真を見ていたのですが、見ると聞くとは大違いとは正にこのことでした。

真下から沸き上がってくるように県庁所在地の広大な建物の集合体が見る者を圧倒します。山裾から飛び出してくる「はやぶさ」は福島駅を停まらずに、あっという間に過ぎ去ってしまいました。まだ雲が残る西の山並みには、山肌がむき出しの吾妻小富士や一切経山などの吾妻の名峰が青く横たわっていました。

きっと、夜景もきれいなのでしょう。







いつものように、コーヒータイムです。

たくさんの人々が、この場所を訪れましたが、誰一人、ゆっくりとこの空間を楽しむこともなく、新幹線のようにすぐに過ぎ去ってしまいました。山形市内で言えば、千歳山や盃山などのように、毎日散策する人たちでにぎわうのでしょう。



次に行く場所を決めていませんでした。遅山仙人が角田市に黒いスープのラーメンの店がある(本人は行ったことはない)というので、行ってみることにしました。混沌とした国道4号を走らずに、伊達市保原から阿武隈川を下り、角田に向かいました。

himajintaro at 20:48|PermalinkComments(0)

2018年08月31日

バイクの師匠の一周忌









昨日投稿した8月30日命日の友人の一周忌に山仲間4人で宮城県名取市にあるサッポロビール園で偲ぶ会をした時の写真です。

ここは、故人が良く通っていた場所です。カヌーで貞山堀を遊んだ帰りとか、名取駅の隣なのでロードバイクでツーリングして輪行バッグに入れて列車で帰るまえに立ち寄っていました。

彼は、毎年このビール園にお世話になった気持ちとしてサクランボとラフランスを贈っていました。

そんなことをしてくれる客はいないというので、彼が立ち寄るとサッポロビール工場長がお礼のために工場から駆け付け、いつも特別室に案内されて食事をしていました。

彼の人柄がよく表れています。彼のエピソードはたくさんあって語りつくせません。

また行きたいと思っていますが、なかなか、行くことができないでいます。

ちなみに、山形ではほとんど飲むことができない、ここでしか飲めない黒ビール・クリーミートップが最高です。

機会があったら、また、みんなと行きたいと思っています。

himajintaro at 15:43|PermalinkComments(0)