お食事処

2019年07月13日

リトルカブ使わず宇都宮へ

宇都宮の介護福祉施設に入居している叔母が癌だという知らせが入り、昨年の10月3日、急遽、リトルカブで宇都宮に行くことになりました。しかし、持って行く物が多く、宇都宮市内の駐輪場が早朝から開いていないこともあり、新幹線に切り替えて出かけました。

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叔母は私の父の一番下の妹です。異父兄弟だったため小さい頃から兄姉たちから冷たく扱われたと言います。祖父が40代で亡くなったため、祖母が寂しさを紛らわすように旅芸人を追いかけ、身ごもったのです。

成人して消防士と結婚し、長男を出産して直ぐ、夫が発見者で放火の嫌疑がかけられました。執行猶予の判決が出て間もなく、夫は離婚し、長男を連れて愛人とともに叔母の元からいなくなりました。

今考えれば、おかしいことだと思います。結婚して何年も経たない夫が出産後間もない妻をかばわず、放火したことを証言したのです。愛人がいたことは叔母も気がついていました。消防士が発見者であれば裁判は不利に決まっています。

叔母は今でも放火した記憶が無いと言います。

今回の渡航は、叔母が転んで大腿骨折で手術をしたというので、東京の知人に会いに行くついでに出かけることになったのでリトルカブは使いませんでした。

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叔母は宇都宮でバーテンダーをしていた男性に拾われ、スナックを経営するまでになりました。叔母は幼いころから面倒を見てくれた私の父を頼って、しばしば、山形に帰省していました。私も度々、宇都宮の叔母の所に遊びに行っていました。しかし、男性のDVにより別れることになります。

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叔母は客の借金の保証人になりました。闇金から逃げた客のため叔母は組事務所に軟禁され、うつ病とパニック障害を患い、長期の入院をすることになりました。この間、叔母を慕い支援してくれていた男性が癌のため入院し、叔母に会いたい希望が叶えられずに帰らぬ人となってしまいました。

その後、宇都宮市の生活保護を受けることになりました。

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膝関節や股関節を患い、車いすの生活をせざるを得なくなりました。そして、今まで住んでいたアパートを引き払い、介護施設で暮らすようになりました。

それから数年後、叔母のケアマネジャーから連絡が入り叔母が癌であることを告げられました。たまたま、施設に住む叔母へ年賀状を送ったことで私の連絡先がわかったのです。

宇都宮市役所の生活保護担当課を訪ねました。担当のケースワーカーには会うことができませんでしたが、その日のうちに電話で話すことができました。

何処にいるのかわからない実の息子にも見放され、当時存命だった兄姉たちにも相手にされず、生活保護費を受給することになったとケースワーカーは教えてくれました。

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叔母の癌は進行せず、大腿骨を骨折し、術後の経過は良いものの相変わらず車いすの生活でした。まだ若いのですが、記憶が欠落していたり、妄想が出てきたように感じてきました。

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今回も前回と同じホテルに泊まりました。前回、偶然にも予約したこのホテルの支配人と叔母が知り合いでした。叔母は仕事帰りに風呂を度々使わせてもらったそうです。

さらに、偶然が続き、ホテルの近くで入った餃子屋さんが、叔母の店のすぐ近くにありました。

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父は広い心を持つ人でした。叔母を不憫に思い、昔から叔母を支援してきた私の父も、55歳の若さで、この世を去りました。そんな父の子であることを誇りに思っています。

今、叔母の母方の甥姪はたくさんいますが、兄姉は誰も残っていません。叔母の最期は私が面倒みることが父の供養と思っています。

叔母が存命のうちに、リトルカブで宇都宮に行こうと思っています。


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2019年06月19日

蕎麦屋を彷徨う

最上川の堤防でのお茶が終わり、時間は11時近くになっていました。

いつものように、遅山仙人は蕎麦が食べたい気持ちで一杯です。仙人が一度、私を連れて行きたいという蕎麦屋があると言うのです。太麺で好みは分かれるだろうけれども、一度、食べてみて欲しいとのことでした。

彼は、以前にも行ったことがあり、最近、叔母を連れて行ったのですが、散々迷って辿りついたと言っていました。そこで、仙人を先頭に目的地である東根市の伊勢そばに行くことにしました。しかし、仙人は場所が良くわからないから先頭を走らないと言い出しました。実は、いつも、このパターンなのです。

目的地をGoogleマップで探したら、いつも、北部方面に出かけるときに走っている県道山形羽生線から東根市長瀞に向かう県道380号に入って、すぐ西に行った小田島小学校の近くにあるのがわかりました。仙人は小田島小学校を探すのに苦労したようです。

目的の伊勢そばは臨時休業でした。

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仕方なく、一番近い蕎麦屋を探しました。この日は日曜日だったので、12時前に店に入るのが鉄則です。この場所から一番近いザル蕎麦専門店は、村山市にある河島にある手打ち塾でした。ここは、2018年7月10日の日記「2018年最初のツーリング「ひな祭り」」で書いた体験そば打ちができる店です。

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今回、お通しで出たのはキャベツの浅漬けとワラビの漬物、コゴミ(クサソテツ)の胡麻和えでした。

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天ぷらはコシアブラ、ナス、カボチャ、ウド、それに、この時期、甘い香りを漂よわせるアカシアの花(写真の一番手前)です。お通しといい、てんぷらといい、山菜や花で季節感を感じさせてもらいました。

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蕎麦の上に海苔と一味唐辛子を載せています。一味唐辛子を載せて食べるのは山形の人ばかりだと聞いたことがあります。ずいぶん前から、時々、唐辛子をかけて食べています。

私は、元々、蕎麦は好きではありませんでした。22歳の時、仕事で大江町役場に行き、昼食は山形県庁の近くにあった、おにぎり店のおにぎりを食べました。たくさんのおにぎりを食べた後に、役場の職員から美味しい蕎麦屋があるので食べに行かないかと誘われました。

役場のすぐそばにある「一松」という夫婦で営む、とても小さなお店でした。その店の手打ち蕎麦を食べて衝撃を受けました。それまで、純粋な手打ち蕎麦を食べたことがなかったのです。それから、その方面に出かけた時は必ず立ち寄り、何度もその店の別製蕎麦を食べました。あの蕎麦特有の香ばしさが強く引き立つ味は、未だに忘れません。今まで、同じような味に巡り合ったことはありません。

「一松」は役場前の県道の拡張工事で無くなってしまいました。今は西川町間沢に夫婦の息子が営む同じ名前の店があります。私は、まだ、その店では食べたことがありません。

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実は、大盛りを頼んだのですが、出てきたのは普通盛りでした。この量で充分お腹が一杯になりました。

手打ち塾から仙人を先頭に東根市の白水ダムに向かいますが、ここでも彷徨うことになります。この話は次回へ。



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2019年05月24日

慣らし運転2 ささにしき食堂

遅山仙人が勧める昼食は、尾花沢市芦沢のささにしき食堂のホルモン煮込み定食。国道13号沿いにあります。

私がモツ(ホルモン)が好きだというので、仙人が勧めてくれた一品です。

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私たちは11時20分には、食堂に入りました。お客さんはほとんどいませんでしたが、10分後にはお客さんで一杯になりました。

土曜日だというのに作業服を着た人や営業マン風の方ばかりでした。

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鍋一杯のホルモンは臭みが少なく、美味しいので、仙人はご飯のお代わりをしました。

ほとんどのお客さんはホルモン煮込み定食を注文していました。この食堂の人気メニューのようです。

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食堂を出た時は、まだ、正午前でしたが、駐車場は車で一杯になっていました。

午後からの予定は無かったのですが、仙人お勧めの尾花沢市延沢にある延沢城跡に向かいました。


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2019年05月18日

慣らし運転2の前に白鷹山に行ってきました。

リトルカブの調整が終わり、慣らし運転パート2の前に「霞城公園で花見をしました。」で一緒に花見をした山仲間3人で山形市の西部にある白鷹山に行ってきました。


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今では骨とう品になってしまった革製の登山靴にミンクオイルを染込ませて準備OK。私はその他にも革製の登山靴を二足持っています。一足は仕事で使っていたショートタイプの登山靴。もう一足は、オイルに漬け込んだ革を使って作られたもので、防水性と保温に優れ、山スキーや冬山にも履いた靴です。非常に愛着のある靴ですが、ビブラムソールというゴム製の靴底が長年の使用のため摩耗劣化してしまい、靴底を交換しようか思案しています。

革製の登山靴は重いという欠点があります。最近の登山事故で足首を捻挫して動けなくなるという事故が多発しています。地面に対して安定して踏ん張りが効き、足首を守ってくれるという点では高さのある革靴に勝るものはないと思っています。

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まだ残雪が残る白鷹山には山辺町嶽原(たけばら)から約一時間で登ることができます。母親の実家が嶽原にあったということもあり、幼い頃から数限りなく登ったことのある山ではありますが、最近、ご無沙汰をしておりました。

毎年、正月元旦に白鷹山に登るのが恒例行事のようにしていました。山辺町の町長さん達御一行様が朝早くに登った後にゆっくりと山仲間たちと登っていました。この時履いていたのが前述のオイルド登山靴でした。

毎年同じ人たちが登るので顔なじみとなり、山辺町の親戚たちも登るので、新年のあいさつを交わしました。

しかし、バングラデシュで年末年始を過ごすようになってからは、白鷹山の元日登山からは遠ざかっていました。


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山頂には虚空蔵菩薩が祭られています。毎年5月13日のお祭りを「高い山」と呼び、昔は、山形市大平の集落付近から列をなして参拝客が山頂を目指したと母親が言っていました。

この山の山頂付近に複数の行政界があるので、例年5月13日は白鷹町、山辺町、南陽市、上山市、山形市の自治体関係者や多くの登山客が集まり、交流行事が行われています。

私たちが登ったのは祭りのちょうど1週間前の5月6日でした。

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白鷹山は白鷹丘陵カルデラ火山の外輪山の最高峰になります。北側は巨大な爆裂火口になっており、県民の森として整備され、憩いの場として多くの人たちが訪れています。

西側には朝日連峰がそびえ立っています。月山や葉山、時には鳥海山も見えますが、山頂の樹木が生い茂り、だんだん、眺望が悪くなってきました。

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私は、登山にはピッケルを持って行きます。これは、熊に出会った時の護身用にしています。シャフトは木製で長く、ピックと石突きが鋼鉄製で鋭利になっています。先ほどの登山靴と同じように現在では見ることができなくなった絶滅危惧種の一つです。鈴を身に着けている登山者が多いのですが、自分の位置を知らせることになり、かえって、危険だとまで言われています。

昨年、秋田県ではタケノコ取りの人が熊に襲われる事件が数件起こりました。熊がわざと人間を襲っているということがわかり、今まで使っていたカウベルを止めてしまいました。

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休憩タイムには山仲間から良く冷えたノンアルコールビールと途轍もなく辛いつまみをいただきました。私はいつものようにコーヒーとチョコレートを準備しました。

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登りは遅山仙人のペースで1時間、下りも仙人のペースで1時間でした。山仲間の知人の奥様が経営しているという蕎麦屋さんで昼食を取ることにしました。

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古民家を一部近代的にリホームして蕎麦屋にした「蕎麦処ふるさわ」です。山仲間の知人は建築関係の仕事をされていると聞き、納得の作りになっています。スタッフはすべて女性とのこと。

山仲間が言うには、女性は手が冷たいのでそば打ちに打ってつけとのこと。

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窓際は机に椅子、内側は畳にテーブルという席の配置になっていました。古い家の場合は畳にテーブルが一般的ですが、この蕎麦屋さんは、好みに応じて席を選ぶことができ、お年寄りや家族連れにも配慮した、小洒落た、いい雰囲気のお店でした。

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南側の庭が見え、モダンに増築した部屋の席をリザーブしていただきました。

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麺は100%蕎麦粉の手打ち細麺。普通、細かい蕎麦殻が麺の中に見えますが、この麺は全くわかりませんでした。胚乳部分だけを使うと真っ白になるのでしょうが、この蕎麦は粒々のない、きれいな茶封筒のような色でした。更級系なのでしょうか。

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知人ということで、ハートの形をしたカップにコーヒーを出していただきました。

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次は慣らし運転パート2をアップする予定ですが、一つ忘れていました。

前回の「シリンダーヘッドカバーのボルトとタペット調整」で書き忘れていたことがあります。それは、この時に熱価を1つ上げた点火プラグに交換したことを忘れていました。今まで熱価6(下の写真左)を熱価7(写真右)にしました。


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2019年05月06日

慣らし運転 二井宿そば

リトルカブを令和元年の初日、5月1日と2日の丸二日かけてパワーアップし、翌3日に慣らし運転のツーリングに出かけました。

遅山仙人の自宅に迎えに行き、山形県の北部方面にでかけることにしました。仙人が給油のため立ち寄ったスタンドでリトルカブの油漏れを発見しました。

よく見れば、下記の写真のようにシリンダーヘッドカバーのボルトの頭をどこかに忘れてしまいました。急遽、自宅に戻り、応急処置し、遅れること2時間、南部方面に再出発しました。

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最初に向かったのは高畠町。途中の柏木峠の上り坂は慣らし運転のためにエンジンは回せないものの、思いのほかパワーが出ずに、ちょっとガッカリしました。

国道113号との交差点で昼食の場所を探し、以前から気になっていた二井宿わくわく交流館に行ってみることにしました。土日だけの営業だと思って通り過ぎようとしたら、暖簾が下がっていたので店に行ってみました。「営業中」のプレートがかけてあり、玄関で声をかけてみたら、中でオバさんが返事をしてくれました。

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中でオジさんとオバさんが仕込みをしていました。この日は金曜日でしたが祝日だったので営業しているとのことでした。

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11時開店の直前に入店したのですが、仕込みが終わらず、オジさん、オバさんと世間話をしたり、二井宿わくわく交流館の中を眺めながら準備が終わるのを待っていました。

「ツーリングだが?」とオバさんに聞かれ、「まあ、そんなもんだあ。」と答えると、「よぐ、ツーリングって言ってるがらよ」とバイク客が来ることを思わせる話でした。

ここは、地域にある集会所の機能を持っている施設です。昨年のツーリングで昼食を取った大蔵村のふるさと味来館や小国町のみずの郷交流館も同じような施設で、蕎麦を出す食堂が併設されています。

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蕎麦屋と反対側には「おらだの茶の間」という部屋があり、お年寄りの憩いの場だそうです。

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写真付きのメニューと営業カレンダーが木の板の壁にかけてありました。

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蕎麦屋にしている部屋は畳敷きの集会所という雰囲気です。

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地域の集会所らしく、地域情報が置いてありました。

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春を代表する山菜タラノメ、コシアブラ、ハリギリが売られていました。いずれもウコギ科の植物です。タラノメ、ハリギリは木に棘がありますが、コシアブラには棘が無く、米沢市笹野の特産品オタカポッポの原料になる木です。ハリギリは山菜としては一般的でないと思ったのですが、オバさんは普通に食べると言っていました。

ハリギリを知らない仙人が「ハリギリって何?」という、いつもの頓珍漢な質問をしました。「ハリギリはハリギリよ」と返される始末です。ハリギリは長くて少し赤みを帯びた棘が特徴です。

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しばらくして、オバさんたちの準備が終わり、すぐに板そばを注文しました。山菜とキノコの付け合わせと十割蕎麦をいただきました。食べ物に関しては、好みが別れるので味に関する評価はしません。

山形県内の蕎麦は県外からお客さんが来る有名店もありますが、こういった地域の施設で出してくれる蕎麦も決して侮れません。私たちの様な田舎をツーリングする者にとっては、ありがたい施設でもあります。

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私たちが食べ終えるころ、地元の人らしいグループが入ってきました。オバさんたちに礼を言い、正午過ぎに二井宿わくわく交流館を後にしました。


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