自然

2019年09月09日

初めての庄内  霊峰月山を越えて

六十里越01

寒河江ダムで朝食を済ませ、国道112号月山新道、月山インターチェンジから先は自動車専用道路となるため、月山沢(つきやまざわ)から右折して、月山(がっさん)の温泉旅館街・志津を目指します。

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月山01

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弓張平に上る途中、月山新道が見える所あります。月山沢から一気に標高差を稼ぎます。ここから先はクラゲ見るために月山を越えてで紹介した通りです。

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弓張平から湯殿山(写真上・左)と姥ヶ岳(写真上・右)が見えます。姥ヶ岳の右側に月山があります。山形市内から見ると一つの山のように見えますが、実際はラクダのコブのような3つの山から成り立っています。

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月山登山、月山夏スキーのベースキャンプ姥沢に分かれる交差点を直進します。

六十里街道01

10年以上前の話ですが、春5月、この交差点から鶴岡方面は除雪がされておらず、山スキーで国道112号沿いに歩いてゆきました。山形県西川町と当時、朝日村(現在、鶴岡市)との境の大越まで行き、そこから朝日連峰の尾根沿いに正午前まで登って行きました。

折り返し、山スキーのビンディング(登山靴をスキー板に固定する金具)を固定して滑り降り、大越の上にあるマイクロウェーブの反射板のところで昼食としました。

一緒に行った山仲間(バイクの師匠)は、反射板の真下に缶ビールとスイカを雪の中に埋めておきました。雪の中で冷やした缶ビールとスイカは汗ばんだ体を冷やすには最高でした。

この日は快晴で、西川町大井沢や朝日連峰、庄内平野、鳥海山がくっきり見えて眺望抜群のロケーションでした。

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月山は湯殿山と姥ヶ岳に隠れて見ることができません。

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前述の大越です。ここは、西川町(手前)と鶴岡市(奥)の境であり、朝日連峰(左)と月山(右)の境になっています。この付近は、月山新道・月山第一トンネルの真上に当たります。

六十里街道02

元々の六十里越街道は西川町志津から湯殿山の左尾根を越えて、出羽三山信仰の霊場・湯殿山神社の入り口に下りて、さらにそこから、もう一つ山を越えて鶴岡市田麦俣につながっています。この道は、出羽三山信仰の街道として栄え、全国から大勢の参拝客が足を運んだルートです。国土地理院2万5千分の1地形図に緑線で表示しています。

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大越を下って行くと、月山第一トンネルの鶴岡側の入り口(写真上)の縦長の白い建物が見えます。その上の山の窪みが大越になります。大越の右を登っていくとマイクロウェーブの反射板2枚が小さく写っています。ここで、雪の中に埋めた缶ビールとスイカを食べました。

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月山第二トンネルの山形側の入り口(写真上)のすぐ上を走っています。そして、写真下のように山形側の入り口の建物が目の前に見えます。

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ここからは、田麦俣までは間近です。

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七ッ滝で休憩し、田麦俣に下りました。

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クラゲ見るために月山を越えてで紹介したように、多層民家の茅葺屋根は2棟だけになってしました。

ここからは、月山新道に入って鶴岡市内をめざしました。



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2019年09月08日

初めての庄内 2013.8.22 寒河江ダムで朝食

まだ、遅山仙人とはツーリングに行ってない、リアのショックアブソーバーがノーマルだったころの頃の話です。

自宅からは、鶴岡市や酒田市へ行くよりも福島市へ行った方がはるかに近いので、金山峠と稲子峠を越えて国道399号を走って福島や宮城に出かけていました。

同じ山形県内でも日本海側(庄内地方)へは遠いので、なかなか出かけることがなかったのですが、思い切って、月山の六十里越(旧道)を走って、日本海側に出かけてみることにしました。

朝5時出発して、紅葉の本導寺を行く 2014.10.26のルートを走りました。

途中、この年も汚れていた横岫(よこぐき)の新水ヶ瀞ダムを見ながら、本導寺へ向かいました。

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国道112号の風吹大橋(かざほこおおはし)の真下から一気に国道112号に駆け上がります。

寒河江ダム

この風吹大橋には思い出があります。寒河江ダムが工事中で付け替えしていた国道112号の風吹大橋の先が土砂崩れで通れなくなりました。

この時、大井沢出身の大学の研究室の同期と朝日連峰縦走を予定していました。山形から月山に行く路線バスに乗り、寒河江ダムの先の月山沢で降りて、大井沢行きのバスに乗り継ぐはずでした。

土砂崩れで月山まで行けなくなり、バスは本導寺行きに変わりました。本導寺を降りて、同期3人で国道112号にある湯殿山神社まで登山リックを背負って登りました。そこから、風吹大橋を渡り、土砂崩れがあった斜面の上に作られた作業道を歩いて、土砂崩れ現場の先に出ました。

そこには、同期の父親が迎えに来てくれていました。同期の家に泊り、迎えに来てくれた父親のガイドで2泊3日の朝日連峰縦走を達成しました。

実は、この同期の家というのは2016年に公開された映画「いしゃ先生」のモデルになった大井沢の女医・志田周子(しだちかこ)先生の家だったのです。この当時は、同期から先生について詳しく教えてもらい、先生の伝記や短歌集があったので借りて読んでいました。

後年、先生の人生が映画化されるとは大井沢の人たちは誰も思っていなかったでしょう。

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寒河江ダムに着いたのは6時半ごろでした。朝食の準備をしていたら、ロードバイクで寒河江ダムの駐車場に上がってきた人がいました。寒河江市内から早朝走ってきたそうです。これから、折り返して寒河江に戻って着替えて朝食を済ませ、職場に向かうそうです。

朝飯前のスポーツとはいえ、自転車でここまで来るのは相当の運動量と思います。お気を付けてと見送りました。

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朝食は焼きおにぎりと野菜入りの卵焼きとスポーツドリンクとレギュラーコーヒーです。この時は、まだ、アルマイトのやかんは登場しません。登場まではしばらく時間を要します。

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朝食を済ませたら、月山沢から志津に向かって、パワー不足のリトルカブを目一杯アクセルを吹かして登って行きました。


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2019年09月06日

オープンガーデンそら 2019.9.1

毎月恒例のオープンガーデンそらですが、今日は、急用が入り、ちょっとだけお邪魔して、早々に退散しました。

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今日は13時半を過ぎに到着し、お客さんが入っていたので、いつものようにオーナーさんに挨拶をだけして、園内をぐるり見渡しました。

今日から9月になったものの、まだ、夏の花が終わっただけという感じでした。秋の花にまだ間がありそうです。10月が楽しみです。

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2019年09月03日

紅葉の本導寺を行く 2014.10.26

遅山仙人の先祖が山形県西川町大井沢出身で、さらに、親戚が西川町本導寺(ほんどうじ)にいるという話を時々するので、本導寺に行ってみようかということになりました。

昔は本導寺は岩根沢 岩根沢三山神社編で紹介したような月山登山のベースキャンプ的な集落でした。

寒河江ダムの建設に伴う現在の国道112号(月山新道)ができる前は、月山や鶴岡市、酒田市へ向かう道路の宿場町でした。

この国道112号は交通量も多く、ツーリングには使いたくないルートなので、寒河江川の右岸を走るルートを取りました。

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本当はGoogle マップのマイマップを使いたいのですが、肝心なGoogle Chromeでは、道路ポイントが飛んでもない場所を表示したり、Microsoft Edgeでも道路のルートをうまく染めてくれなかったりとかで不都合があり、諦めています。

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寒河江川の右岸は交通量も少なく、快適に走れます。

西川町吉川に母の叔父が住んでいて、子供頃、今は無き三山電車に乗って海味(かいしゅう)まで行きました。三山電車は旧国鉄の羽前高松駅(寒河江市)から間沢駅(西川町)まで寒河江川と並行に走っていました。

ちょうど、この日は快晴で、紅葉前線が下の方まで降りてきて、とてもいいロケーションの中を走ることができました。

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寒河江ダムの下流、横岫(よこぐき)にある新水ヶ瀞ダムに着いた時に、福島県伊達市保原に住む知り合いのベンガル人(バングラデシュ)の男性から朝早く電話が入りました。

この年の年末にバングラデシュ渡航を予定したのですが、バングラデシュの政治情勢が変化して、その対応をどうするかの連絡でした。前日の夜に、渡航先の学校の経営者から連絡が入っていました。

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新水ヶ瀞ダムの水は濁っていました。この年の夏、上流の寒河江ダムの水が濁って水道水として利用できなくなり大騒ぎをしました。この時期になっても、まだ、川の水の濁りは取れていませんでした。

寒河江ダムができてから、約35年でダムに砂利が溜まってダムの貯水量が大幅に減っている状況です。上流に朝日連峰や月山の山々が肩を並べています。分水嶺からダムまでの間で、毎年多くの砂利が発生し、ダムの貯水量を減らしています。

本来なら、海では砂浜の砂になっているはずなのですが、このように、上流からの砂利の供給が止まって、砂浜が痩せているのは全国的な傾向にあります。

ついでなので、もう一つ。寒河江ダムの水は山形県内陸部に広く供給されています。ただ、山形市に限って言えば、蔵王連峰にある蔵王ダムと最上川からの水で充分間に合っているのです。

ところが、周りの自治体に義理立てして寒河江ダムの高い水も買っているため、山形市の水道料金を上げる原因になっています。

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仙人の親戚だと思われる家を探し出しました。本導寺にある湯殿山神社の神主の家でした。その家に人によると、近々、仙人の叔母が訪れる予定があるとのことでした。

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自分の身内の家を見つけられたことで、仙人は大喜びでした。社会科の先生だけに、歴史には特に興味があり、自分の家系についても研究しています。ただ、近所の近い身内の悪口や批判をするのが玉に瑕です。

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紅葉に囲まれ、小春日和の暖かい本道寺で昼食を取り、2時間以上滞在しました。仙人は満足して、もと来た道を戻りました。

途中、寒河江市谷沢から広域農道(スーパー農道)に入り、中山町岩谷にある岩谷観音に立ち寄りました。ここは、現在、NHKで再放送している「おしん」の実家があった場所で主演の音羽信子が冬のロケで潰れた実家を訪れています。

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仙人よると、この岩谷地区の小学生の自宅を小学校教師だった仙人の母親が家庭訪問したとのことでした。

仙人に所縁のある場所を回った一日でした。

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夕焼けがきれいでした。


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2019年07月30日

結局、山麓駅まで歩いて下る

昼食を終えて、相変わらず筋肉痛は辛いものの、歩いてリトルカブや車を置いてある山麓駅まで降りようということになりました。

下るルートは3つ。祓川(はいらかわ)を横切って蔵王温泉街に下りていく一般的な登山コース、通称祓川コース。もう一つは、樹氷高原駅から急なコンクリート舗装の林道を下り、ドッコ沼に行く市道に合流して、さらに下ってエコーラインに行く県道に出て山麓駅に行くコース。最後の一つは、スキーゲレンデを歩いて山麓駅に下るコース。

祓川コースは下りがきついところがあり、蔵王温泉街から戻ってこなければならないので✖。林道を下るコースは石畳よりはマシかなという具合。ゲレンデコースは草が茂って歩きにくい。

取りあえず、百万人ゲレンデを走る林道を下って行きました。この林道は、樹氷高原駅に車で上れる唯一の道ですが、4輪駆動車でないと上ることができません。一度だけ、山頂線の架け替え工事の時に自分で運転して上ったことがあります。

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今回は、国土地理院の5万分の1地形図を使ってきましたが、日本の地形図の基礎的な地図ではあるものの詳しいので利用しましたが、もう一つ理由があります。それは、私がマイマップでよく使うGoogleマップに蔵王ロープウェイの駅舎と軌道が載っていないのです。

同じ蔵王温泉のロープウェイである蔵王スカイケーブルは軌道が載っていますが、蔵王中央ロープウェイも軌道が載っていません。さらに蔵王ロープウェイは樹氷高原駅の駅舎も表示されていません。このため、リフトの軌道も表示してある国土地理院の5万分の1地形図を使いました。

林道を下り、ゲレンデを横切る市道に出たところ、思ったほど草が伸びていなかったので、ゲレンデをそのまま下ることにしました。

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最大斜度38度の「横倉の壁」と言われるコースと横倉の壁の迂回コース、さらに黒姫ゲレンデのリフト駅へ行くコースの分岐点に差し掛かりました。近道である横倉の壁の上まで行ってみましたが、転げ落ちる可能性があるので、分岐点まで戻り、迂回コースを取ることにしました。

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横倉の壁の真下で本日のコーヒータイムとしました。

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いつものフレンチプレスコーヒーです。S氏もガラス製のフレンチプレス機を買ったそうですが、直ぐに壊してしまったとのこと。

お茶請けは、山形のソウルフード「大福まんじゅう」です。4回目にして何とか物になってきました。

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最後に横倉ゲレンデを下って蔵王ロープウェイ山麓駅に戻ってきました。午後4時ちょうどでした。

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梅雨の合間、思いもよらず、山頂付近は天候に恵まれ、熊野岳南斜面に高山植物の女王コマクサを見ることができました。帰りにゲレンデを下るコースを取れたのは、蔵王では何度もスキーをしてコースをよく覚えていたからです。結果的にこのコースが最短コースになりました。

筋肉と膝の痛みは当日が一番ひどく、水曜日には回復しました。キャンセルした遅山仙人は、後日、人生最大の危機が待っていました。この話題は後ほどしましょう。


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