2018年10月

2018年10月18日

浮島・大杉ツーリング 親戚の墓参り編

2018.10.8ツーリング



お腹も一杯になったし、今度こそ、大江町貫見に抜けるぞという思いで、西川町間沢で寒河江川を渡り、県道26号(寒河江西川線)から県道54号に入りました。



今年5月4日の岩根沢ツーリングの時に積雪のため、貫見に抜けるのを断念しているので、リベンジと言うことになりました。

芦沼田という集落の交差点で、道路状態の良い左側の道路に入ってしまいました。ところが、予定していたルートと違うルートを走ったためか、Googleマップの位置がかなりズレていて、「中岫(なかぬき)」というバス停に出てしまいました。

本来、南に行かなければならないのですが、北に進んでいるようで、近くにいるオジサンに尋ねたら、案内板を見ないで来たなと言われ、来た道を芦沼田まで戻りました。

芦沼田には案内板も道路標識もありませんでした。







芦沼田から先は、県道と言えども、写真のとおり、道幅は一車線、アスファルトは苔生し、砂利の部分も多く、所々、林道とクロスしていて、行く方向を迷います。県道と林道を見分けるコツは、路肩に〇〇県と書かれた杭やポールが立っていること、水路などは古い方が県道の場合が多いようです。













何とか県道54号を走破して、大江町貫見の郵便局の所に出てきました。





西川町大井沢と大江町左沢を結ぶ県道に出て、ベントナイトを採掘しているクニマイン(クニミネ工業)の近くの神社でコーヒータイム。コーヒーと茶菓子で一服した後、一路、山形市内に向かいました。

向かった先は、山形市内の寺院。親戚の墓がある場所です。



2018年10月12日の「オープンガーデンそらの帰り道 その2」で紹介したように、毎月、親戚縁者の墓参りをしていますが、なかなか、行けない寺院があったのです。

随分前に来たことがあったのですが、今となっては墓の場所が分からず、庫裡で住職の奥様に案内してもらいました。

遅山仙人の身内も同じ寺に墓があるとのことでしたが、仏の正確な名前が思い出せず、聞き出せませんした。今は、プライバシーの問題があり、簡単に教えないのだそうです。

私は、墓に眠る伯父、伯母と檀家である従兄の名前と住所を正確に言えたので、教えてもらいました。

実は、私は伯父、伯母の葬儀には出ていません。私の父は55歳の若さで亡くなりました。父方の身内でありながら、私には知らせが無かったのです。

その理由は、私が海外に暮らしていると父方の身内から思われているからです。そして、過去に私の両親と父方の身内に仲違いがあったことが遠因となっています。まして、父の実家の菩提寺と縁を切った私とは付き合う必要が無いというのもわからないでもありません。

そういう理由があり、私は父方の生きている身内(いとこ)とは疎遠になってしまいました。しかし、父とともに、父の姉、兄、弟たちはみんな同じ世界に行ってしまいました。

それなら、父とともに仏になった身内とは仲良くしようと思い、毎月、墓参りに出かけているのです。

さらに、遅山仙人は、今回訪ねた墓に伯父、伯母とともに眠る伯父、伯母の義母の身内だったのです。慶弔事があると従兄と相席するそうです。

私と遅山仙人とは一緒に山を登り始めたころからの腐れ縁だったのです。

2018年10月17日

浮島・大杉ツーリング 山菜そば編

2018.10.8ツーリング



JR左沢駅前で昼食はどこにしようか思案していると、遅山仙人が山菜そばを食べに行こうと言い出したので西川町間沢まで走ることにしました。

最初、国道112号沿いにある六十里越ドライブインに行ったのです。祝日のためか、駐車場にたくさんの車が入っていました。そうしたところ、遅山仙人はちょっと不満気味に、もう少し先にも山菜そばを食べさせるところがあるというので、同じ国道沿いにある山六食堂へと向かいました。

こちらの食堂は、まだ1台しか車が無く、お客さんは2人だけでした。

遅山仙人によると、以前、この食堂に来た時に、ちょうど、ご主人がキノコ採りから帰ったところで、採ってきたばかりのキノコがたくさん入っていたから、こちらに来たかったというのです。最初から言ってくれればと思いつつも、そこは大人の対応をしました。









山菜そばとは、山菜汁で蕎麦を食べる料理で、この西川町には何軒か、山菜そばを出す店があります。また、山菜料理がメインの料理屋や旅館もあり、県外からもたくさんのお客さんが訪れています。

山菜そばはメニューにはありません。山菜そばと注文すると、この山菜汁と蕎麦のセットが出てきます。



遅山仙人の期待は叶わず、天然物のキノコはあまり入っていませんでした。まだ、キノコ(収穫時期)は早いのだろうと悔しがっていましたが、今の時期は天然のキノコはたくさん出ています。しかも、残念ながら山菜らしい山菜は殆ど入っていませんでした。青いのはミズ(イラクサ科ウワバミソウ)です。



蕎麦は田舎系でしたが山菜汁によく合い、汁も全部飲み干して満足でした。これで1,200円でした。カボチャ1個50円で売っていたので1個買ってきました。

お客さんも、次々に入り、ご夫婦だけの切り盛りで大忙しでした。途中で帰られるお客さんもいました。



大分昔の話ですが、余談を一つ。

福島県の磐梯吾妻スカイラインの最高標高点から南側に向かうと、道路がつづら折りになる東、南斜面はネマガリタケ(孟宗タケではない細いタケノコ)の一大産地で、タケノコの季節になるとたくさんの車が路肩に駐車します。

私も何度かタケノコ採りに行ったことがあります。朝7時ごろ現地に到着すると山形ナンバーの車ばかりがずらりと並んでいました。

その時間で、大きな南京袋をたくさん背負って山から下りてきたオバちゃんたちに出会いました。オバちゃんたちに声を掛けると、山形県内の尾花沢から来たと言いました。そんなにタケノコを採ってどうするのかと尋ねると間沢の〇〇屋に卸すのだと言うのです。

〇〇屋は先ほど紹介した山菜で有名な料理屋です。月山ダケと称して地元月山で取れたタケノコを料理に出します。実は間沢の月山ダケは(一部は)福島県の吾妻産だったのです。(一部は)産地偽装だったというお話でした。

山菜そばを食べたら、今度こそ大江町貫見に向かいます。

2018年10月16日

浮島・大杉ツーリング クラッシックカー&古い街並編

2018.10.8ツーリング



松保の大杉から大江町貫見に抜けるべきかどうか、時計とにらめっこした結果、同じ道を戻り、大江町の中心部、左沢(あてらざわ)に向かうことにしました。

ツーリング前日、左沢でクラッシッカーの展示会があるという情報が入り、案内チラシのPDFデーターがバイク仲間から発信されていました。このため、最初から貫見に抜けて左沢に行くつもりでした。

しかし、遅山仙人は、山道で砂利道になると極端にスピードが遅くなります。彼は転ぶという恐怖感だけが先走り、必要以上に肩に力が入り、林道を走ると疲れてしまいます。

秋保の大杉から貫見に抜ける道路は悪路の長い距離が予想され、相当時間がかかると思われたため、比較的、砂利道の距離が短かった元の道を戻ったという顛末でした。





JR左沢駅の駐輪場にバイクを置き、会場まで歩いていきました。

イベントのタイトルのような古い街並みとクラッシックカーというよりバブル時代の迷車がずらりと並び、同じ年代の人々がたくさん見に来ていました。





































いつものように、遅山仙人ご自慢のボヤキが始まりました。彼はスイスのチューリッヒでオースチンに乗ったとか、幼稚園の同級生にジャガーで送り迎えしてもらう金持ちのお坊ちゃんがいて、一度だけ、自宅まで送ってもらったとか、何故、昔のような良い車が作れないのか、たくさん言われて覚えていません。

彼は、不要な物を捨てるという感覚が乏しく、動かない水色のぼろ糞ワーゲンやいすゞのビッグホーンがゴミ箱代わりに自宅に置いてあります。

以前、彼が職場の帰りにワゴンRで我が家に立ち寄った時に、車の中がゴミダメ状態になっているのを見た妻がビックリ仰天したことがあります。

物を大事にするという点ではよい心がけです。学校の教え子たちが見習ったかどうかは分かりませんが、いろいろな意味で評判の先生だったようです。

クラッシッカーを見て、昼前だったので、西川町間沢で山菜そばを食べることにしました。

2018年10月15日

3万km走行達成!




本日、リトルカブ購入6年にして3万km走行達成。
年平均5千㎞ですが、まだまだ、元気です。スーパーカブは丈夫で長持ちしますが、リトルカブは運転しやすく、長距離でも疲れません。
昔の2サイクルスクーターだったら廃車しなければならない距離ですね。

2018年10月14日

浮島・大杉ツーリング 松保の大杉編

2018.10.8ツーリング



ツーリング前日、大沼の浮島から大江町貫見に抜けるためにGoogleマップで道路を検索していたら、「松保の大杉」という観光名所を見つけました。そこを通って貫見に抜ける計画をしていました。

浮島を発ち、大沼の集落でGoogleマップで大杉に行く道を探したら、携帯の圏外で、Googleが表示しません。止む無くツーリングマップルで県道から大暮山集落へ行く道を探し出しました。

上の地図で見ると大分遠回りをしています。実は、スマホのデーター通信のスイッチが切れていて、大杉に着くまで気が付きませんでした。

大暮山から「秋保の大杉」へ行くための案内板が無く、除草作業をしている人や犬の散歩をしている人に聞いて何とか大杉に向かう悪路を見つけ出しました。











八幡神社の前を左折します。すると右側に大谷小学校大暮山分校の門柱が見えてきます。そこから先は舗装されていない悪路となります。











谷あいをしばらく走ると急に開けて、稲刈りの済んだ田んぼになります。そこに大杉の案内板が立っていました。



看板には山形県内で一番大きいと書いてあります。屋久杉を子孫に持つ日本海周りで北上した杉の一種なのでしょう。





今まで上ってきた大暮山は朝日町ですが、この大杉が立っている場所は大江町松保となります。国土地理院の2万5千分の1地形図を確認すると何軒かの建物が建っているようですが、ここから、ちょっと上がったところに牛舎なのか小屋なのか、生活感の無い建物が2棟立っていました。





2017年7月9日に紹介した「長倉の大杉」に比べても太さにおいては、「松保の大杉」の方が断然太いのが分かります。







大杉の脇に山ノ神神社が立っていました。





神社に備え付けてある参拝記念芳名簿を見てビックリしました。県外からたくさんの参拝客が来ています。

遅山仙人は何故、こんな道路が悪く、対向車がすれ違えない、Uターンもできない場所に来るのか、分からない、理解できないを連発していました。

大杉が県外でどれだけ有名なのかは分かりません。大暮山で大杉を聞いた時も知らない人もいたことは事実です。確かに、ここは朝日町ではなく大江町なのです。

私たちは朝日町から上がってきましたが、もしかしたら、大江町貫見からたくさん来ているのかもしれません。

この謎解きは後日としましょう。