2018年09月

2018年09月24日

福島市信夫山と阿武隈川ライン下り 黒いスープのラーメン編


2018.9.17ツーリング

阿武隈川右岸から橋を渡り国道349号に右折します。途中で国道349号は終わり、国道113号に入ります。角田の市街地の入り口から、国道を別れて昼食を取る店を目指しました。

信夫山で遅山仙人が行きたいと言った黒いスープのラーメン店は、Googleで検索すると角田駅のすぐ近くにある光華飯店でした。いろいろ検索すると、有名店らしく、休日ということもあり、時間を外して午後1時20分ごろ到着しました。



時間を外したというものの店の向かいの駐車場には5~6台の車がありました。







遅山仙人はジャンボラーメン(大盛り)、私はチャーシューメンを頼みました。







麺はストレートの太麺、スープは醤油系でしょうか。スープの色が濃いのが特徴です。家に帰ったら、女房からニンニク臭いと言われたので、醤油系でもニンニクがかなり使われているのでしょう。私はニンニクが好きなのでスープは美味しいと感じました。



遅山仙人としては、お口に合わなかったようです。スープは透明のあっさり味で細い縮れ麺がお好きのようです。山形は細い縮れ麺の店が多いので、それに慣れているのか、抵抗はあるかもしれません。私もストレート麺は好んでは食べない方なので分からないでもありません。

遅山仙人はスマホを持てない事情があるので、事前に情報を仕入れることができません。多分、ストレートの太麺と分かっているとこの店にはいかなかったかもしれません。人はそれぞれ好みがあるので、必ずしもネットの情報があてになるとは限らないことはツーリングの度に感じています。体験して感じるのが旅の醍醐味です。必要以上の先入観が無い方が旅は面白いので、私は信夫山では遅山仙人に詳しい情報は伝えませんでした。

店で飼っている猫がスマホのストラップの紐にジャレていました。



店を後に、白石に向かいました。いつもの東北本線沿いに走り、白石川を渡って、国道4号を横切り、蔵王町で給油しました。2.1リットルでしたが、距離を測っていなかったので燃費はわかりません。











蔵王町の役場脇から右折して広域農道コスモスラインにつながる道に入り、広域農道がループし始めた所から旧羽前街道をショートカットして川崎町に出ました。後は、国道286号の笹谷峠を越えて午後4時には山形市内に戻りました。

2018年09月22日

福島市信夫山と阿武隈川ライン下り 阿武隈川編


2018.9.17ツーリング

伊達市梁川から、いつものように国道349号を阿武隈川沿いに下ります。過去に何度か集中豪雨で通行止めになったことがあり、山道を走る県道を迂回して、丸森町に出たことがあります。



遅山仙人が右岸にも道路があるのではないかと言うので、阿武隈急行の兜駅に渡る橋から右岸に入りました。













列車が走ってくれば絵になるのですが、上下合わせて1時間に2本程度なので、なかなか、列車が来るタイミングが合いません。

福島駅と東北本線槻木駅を結ぶ阿武隈急行は阿武隈川と並行に走ります。今回、阿武隈川の右岸を走ったことで、阿武隈急行の線路のそばを走ることになりました。

兜駅から、ほどなく走ると猿跳岩(さるとびいわ)という景勝地に出ます。右岸側には九瀧神社があり、お狐様が祭られていました。川側が奥の院で道路際に前社が置いてあり、彼岸花が秋を感じさせていました。













阿武隈急行のあぶくま駅までは農免道路(のうめんどうろ)を走ります。農免道路は2017年7月28日の投稿「広域農道と農免道路とは?」で紹介しました。農林水産省の農林漁業用揮発油税財源身替農道整備事業という補助事業で作られた道路です。





この橋を渡ると左岸に出ます。ちなみに、川は下流に向かって左側が左岸、右側が右岸と言いますが、山に入って沢になると、左右逆の呼び名に変わります。



時間が無かったので、今回はあぶくま駅には立ち寄りませんでしたが、無人駅のホーム脇に産業伝承館という施設があります。地元の名産品の売店があり、食事ができて、阿武隈川を眺められると紹介するホームページに載っていました。

ちょうど昼前後で、何台かの車がありました。秘境駅ブームで訪れる方も多いのでしょう。生ビールのノボリもあり、列車でくれば飲むことができたのにと思いました。山形駅から列車を乗り継いで来ると2千数百円で来れるようです。

あぶくま駅から道路は狭い道に変わります。阿武隈急行と並行して走ったり、山道になったり、川のそばになったり、アップダウンが続き、バラエティに富んだ道程となり、四輪では苦痛でリトルカブでは快適なルートです。

















阿武隈ライン舟下り乗船場に出ると、右岸の道路は終わります。ここから橋を渡り、再び国道349号に合流します。橋を渡った交差点で直進すると丸森駅に行きますが、ここは右折して黒いスープのラーメンを目指して、角田市に向かいました。

himajintaro at 07:29|PermalinkComments(0)単独ツーリング | 観光

2018年09月20日

福島市信夫山と阿武隈川ライン下り 青トウガラシ編


2018.9.17ツーリング

信夫山を下りて、阿武隈川を下るために伊達市保原に向かいました。国道4号に入らず、ちょっとだけ国道115号・中村街道を走り、県道に入りました。

今回のツーリングは信夫山に行ったら、後は風の吹くまま、気の向くまま走ろうと決めていたのですが、もしかしたらと思い、密かに保原に住むベンガル人のお土産をカブのBOXに隠し持っていきました。

お土産とは、下の写真にある青トウガラシのパウダーです。この青トウガラシのパウダーは、9月18日の日記「バイクの師匠の5周忌を偲ぶ会」で、山仲間の悪友がお土産として持ってきたものです。

トウガラシパウダーはバングラデシュのアロアシャ学園内にある干しマンゴー工場で作られたものです。工場は日本の企業と現地が資本投資して作りました。衛生面ではHACCP(ハサップ)の基準を満たしています。

この工場については、姉妹ブログ・バングラデシュ珍道中記の2018年7月6日の日記「ラッシャヒマンゴーを紹介するページ」で取り上げました。



青トウガラシについてはベンガル人の皆さんは特別なこだわりがあるようです。

2009年にバングラデシュ・アロアシャ学園の元校長モーシン・アリさんが3か月来日した時に、世界三大炊き込みご飯の一つである「ビリアニ」の作り方を教えてもらいました。

バングラデシュ珍道中記の2009年8月21日の日記「美味しいビリアニの作り方」にレシピがあります。そこには材料として「青トウガラシ」の記載があります。

アリさんは「青トウガラシ」でないと美味しくないと言いました。3か月の間、自分でバングラ料理を自炊していましたが、スーパーで青トウガラシだけを探していました。私たち日本人としては、鷹の爪やラー油、新潟の「かんずり」などの赤いトウガラシを使う食文化がありますが、バングラデシュには赤トウガラシの食文化が無いのかと、当時は感じていました。

保原に住むベンガル人のルンジュさんは、日本人女性と結婚されて、日本の中古車をアフリカに輸出する仕事をされています。ルンジュさんは仕事でお留守でしたが、奥さんがいらっしゃいました。

奥さんによると青トウガラシをご自宅でたくさん栽培されているそうです。特に冬の青トウガラシの確保が大変で、熟して赤くなる前の青いうちに収穫するとのこと。

今回、パウダーになっている青トウガラシを保原に持って行って正解だったと思います。

奥さんにルンジュさんによろしくと別れの挨拶をして保原を発ち、阿武隈川を下るために梁川に向けて2台のカブを走らせました。

2018年09月19日

福島市信夫山と阿武隈川ライン下り 信夫山編


2018.9.17ツーリング

前々日の9/15、9/16に泊りがけでバイクの師匠の5周忌をしました。9/16は福島市飯坂温泉上流の摺上川ダム梨平公園でバイクミーティングがあったようですが酒気帯び運転になってはまずいので参加しませんでした。

そして、翌日の9/17にツーリングすることにしました。

以前から行ってみたかった福島市信夫山(しのぶやま)を第一目標地点として朝7時に山形を出発しました。昨夜の雨が少し残っていましたが、南は雨が降らない予報だったので、迷わず福島市を目指しました。

いつものように、上山市柏木峠、高畠町二井宿峠、七ヶ宿町稲子峠を越え、私が好きな国道399号を走りました。

摺上川ダムに近づくと期待を裏切らず、50頭前後の猿軍団に出くわしました。道路の両側で毛づくろいに励む猿たちでした。毎回、この周辺でサルの群れに出くわすので同じ個体群なのでしょう。子供たちの数が多いことに気が付きました。確実に個体群の大きさが拡大しています。





福島市街地に鎮座する信夫山は、以前から気になっていた山の一つです。山形から国道13号を走ると、この山を突き抜けるトンネルがあり、東北新幹線もこの山を突き抜けて、すぐに福島駅になります。

盆地の真ん中に、どうやってできた山なのか、興味をそそります。

飯坂温泉を福島交通飯坂線の電車を見ながら南下し、横断する国道13号を左折せず、そのまま直進し、電車が来ることを期待しながら線路沿いを走ます。そのまま南下すると、信夫山の西の麓に近づき、右手に県立福島工業高等学校を見ながら左折し、東北本線と飯坂線を跨いで信夫山に取り付けるはずだったのです。ところが、県立福島工業高等学校の交差点を見過ごしてしまい、信夫山の南側の福島県立図書館側から何とか上っていきました。





西側の展望台を目指し、急な坂道を一気に駆け上がりました。信夫山にはたくさんの神社や寺院があります。墓地などもあり、お参りする人の車が道路沿いにたくさん駐車していました。

最後のつづら折りを上り詰めると駐車場になります。そこから歩いて数分で展望台に到着しました。途中、展望台までの案内が分かりにくかったのですが、前もって、Googleマップで経路を確認しておいたのですんなりと駐車場まで上がることができました。

駐車場にいた66歳になるオジサンから、カブで山形から来たことを驚かれ、いい趣味だと褒められて、少しばかり、誇らしい気分になりました。



駐車場から登ってすぐの所に湯殿神社があります。お参りをして、神社の裏側から眺めると、今、飯坂線と一緒に走ってきた道路や東北新幹線、国道13号が市街地北部とともに見渡すことができます。



この湯殿神社から下りになっており、信夫山の西端の展望台に辿り着きます。





ここからの眺望が絶景でした。googleで今流行りの360度の写真を見ていたのですが、見ると聞くとは大違いとは正にこのことでした。

真下から沸き上がってくるように県庁所在地の広大な建物の集合体が見る者を圧倒します。山裾から飛び出してくる「はやぶさ」は福島駅を停まらずに、あっという間に過ぎ去ってしまいました。まだ雲が残る西の山並みには、山肌がむき出しの吾妻小富士や一切経山などの吾妻の名峰が青く横たわっていました。

きっと、夜景もきれいなのでしょう。







いつものように、コーヒータイムです。

たくさんの人々が、この場所を訪れましたが、誰一人、ゆっくりとこの空間を楽しむこともなく、新幹線のようにすぐに過ぎ去ってしまいました。山形市内で言えば、千歳山や盃山などのように、毎日散策する人たちでにぎわうのでしょう。



次に行く場所を決めていませんでした。遅山仙人が角田市に黒いスープのラーメンの店がある(本人は行ったことはない)というので、行ってみることにしました。混沌とした国道4号を走らずに、伊達市保原から阿武隈川を下り、角田に向かいました。

2018年09月18日

バイクの師匠の5周忌を偲ぶ会


私のバイクの師匠であり、山仲間であった友人が他界し、早5年が過ぎました。

一周忌には、彼の行きつけだった宮城県名取市のサッポロビール園で仲間とともに偲ぶ会をしました。

久しぶりに、5周忌に偲ぶ会をしました。

故人から伝授してもらった、豚バラ肉と玉ねぎとキャベツのトマト重ね焼きを作りました。

この料理は、彼が三沢の米軍基地祭りの屋台で作り方を覚えて、村山葉山の山頂奥の院で、初めて私たちに料理してくれたものです。

鍋に豚バラ、玉ねぎのスライス、キャベツ、トマトのスライスを順に重ね、途中にニンニクのスライスとウスターソース、トマトケチャップも重ねて煮込むだけの料理ですが、とても美味しく、何度も山で料理し、自宅でも定番の料理となりました。

その他、彼が好きだった冷ややっこ、茎ワカメのサラダ、鶴岡の友人が持ってきてくれた「だだちゃ豆」、みちのく屋台こんにゃく道場の「玉ごん」、バングラデシュのサモサ風ビーフプリなどたくさんの酒の肴が並びました。

そして、彼が愛飲していたアサヒ・スーパードライで乾杯し、スーパードライの前に飲んでいたバドワイザー、集まった仲間が持ってきてくれて彼が好きだった赤ワインを飲み干しました。

彼と山仲間みんなでバイクツーリングに行った時のエピソードや鉄人アルピニストとしての話題に花が咲きました。

何とっても、彼が夏山にスイカを何度も持って行ったことが話題をさらっていました。飯豊の石転び沢の雪渓や月山と朝日連峰の残雪でスイカを冷やしてみんなで食べた思い出が忘れられません。

また、彼は福島県の霊山にクリスマスケーキを持って行ったことがあります。ちょうど、その日は12月25日だった記憶があります。

彼の登山スタイルは単なるピークハンターではなく、如何に登山を楽しむか、非日常な登山に日常をさらりと入れ込む技法は、私たちの登山スタイルに大きな影響を及ぼしましたし、私のバイクのツーリングのスタイルも、その考え方を踏襲するものです。

近いうちに、また、彼を酒の肴にして、飲みたいと思っています。



バングラデシュのビーフプリです。牛肉と玉ねぎをカレー味で炒めて、餃子の皮(本当は皮は別に手作りする)に包み、油で揚げます。バングラデシュの町では、普通に、このような揚げ物の屋台がどこに行ってもあります。













himajintaro at 20:52|PermalinkComments(0)よもやま話 | 料理