2018年07月

2018年07月19日

岩根沢 番外 月山羊羹編

2018.5.4ツーリング

海味温泉の湯上り後、遅山仙人が「お菓子のいばらき」に寄って行こうというので、彼を先頭に水沢地区に向かいました。

店には第18回全国菓子大博覧会名誉金賞の賞状の額が飾ってありましたが、肝心の月山羊羹(がっさんようかん)は置いていませんでした。店番をしていた爺さん、婆さんに尋ねたら、もう何年も前から月山羊羹は作っていないとのことでした。

私も月山羊羹は記憶にあります。山形市内のデパートに置いてありました。ちょっとだけ、高級品だったので、貧乏人の私には簡単に買えなかった気がします。

今でも、県外から月山羊羹を求めて訪ねてくる方がいるそうです。

月山羊羹を継ぐ後継者がいないため、「お菓子のいばらき」も無くなる運命にあるそうです。

岩根沢から若い人が去っていき、伝統的な名産品も過去の栄光とともに消え去っていく現実を見せつけられるツーリングになってしまいました。

高度経済成長は日本に何をもたらしたのでしょうか。





岩根沢 和合平編

2018.5.4ツーリング

2018.4.10のツーリングで積雪のため走れなかった県道143号を大江町三郷(さんごう)から南下しました。途中、一部最上川沿いが通行止めでしたが、何とか、朝日町古槙まで抜けることができました。

この路線を走りたかったのは、朝日町りんごの産地で有名な和合平を走り抜ける路線だったので、一度、走ってみたかったのです。

丁度、リンゴの花が満開で、リンゴ畑の中を農道の様な細い県道が通り抜けています。

いつものように古槙から山辺町大蕨に向かい、途中、鳥海山でコーヒータイムをしましたが、黒い雲に覆われ始めたので急遽、山形市内に駆け下りました。

途中で強い雨に打たれましたが、西の空が明るくなり、東の空に虹がかかっていました。







ヤマガタダイカイギュウの化石は当時の小学生か中学生?が発見し、大騒ぎになったような記憶がありますが説明版には何も書いていませんでした。













交流館は集会所のようでした。リンゴの産地だけにリンゴのオブジェがありました。











岩根沢 沼山大沼編

2018.5.4ツーリング

海味温泉の後、西川町沼山から県道54号を通って大江町貫見に出て、月布川を遡り、奥おおえ柳川温泉をハシゴしたかったのですが積雪通行止めのため、沼山大沼で昼食を取ることにしました。

前日仙台で買った硬ーいフランスパンにタッパーウェアに入れて持って行った、キャベツの千切り、昨晩から水にさらした玉ねぎ、熱湯で添加物をさらしたハム、ゆで卵、それに今朝オリーブオイルと酢と生卵と塩コショウで作ったマヨネーズでサンドしました。

ワラビの一本漬けとコゴミの胡麻和えも添えて。味噌汁にはコシアブラとワカメとかつお節が入っています。

昼食時ぐらい日が差して暖かくなって欲しかったのですが、食後のコーヒーを飲み始めた頃には雨が降ってきました。





手前の長沼では中学生がカヌーの練習をしていました。









2018年07月18日

岩根沢 海味温泉編

2018.5.4ツーリング

岩根沢の次に向かったのは西川町海味(かいしゅう)にある「ちいさな名湯 海味温泉」です。

ここは、昨年、遅山仙人がなかなか辿り着くことができなくて、いろいろな人に尋ね回り、しまいには歩いていた外国人にまで聞いて、やっとの思いで辿り着くことができた温泉です。私は、今回、一発でこの場所に来ました。

温泉と言っても、鉱泉で硫黄分のある塩泉のようです。このため、滑々して温まります。

西川町社会福祉協議会が運営しており、平日の方が客が多いそうですが、連休であるにもかかわらず、今日は、ほとんど、お客さんがいませんでした。

先に入ったていた85歳の男性と話をすることができました。彼は寒河江市白岩から奥様と来ていました。

以前、山形市中央卸売場の野菜の仲卸人会の代表をされていたそうです。彼が言うには、自分が住んでいる半径2km以内で生産された農産物を摂ることが体に一番いいとのことで、最近の出来合いの食品には添加物が多く含まれていて、アレルギーや癌の原因になっているんだよと興味深いを話をしてもらいました。

ツーリングでは、いつも、良い出会いがあります。











なかなか見かけることができない指名手配のポスターがありました。この写真をFacebookにアップしたら、手配者の顔が勝手に知人の顔に認識されてしまい、私と一緒にいることになってしまいました。全く、似ても似つかぬ顔なのですが、顔認識機能も、ある意味、怖いシステムです。







岩根沢 丸山薫記念館編

2018.5.4ツーリング

岩根沢のもう一つの名所・丸山薫記念館。

ここは、昭和の詩人・丸山薫が戦争の疎開先として岩根沢国民学校で教鞭をとっていた頃の資料や詩人として活躍された著書などがたくさん展示してあります。小さな建物と思いましたが、収蔵資料の多さには驚かされました。一見の価値があります。

200円の入館料に緑茶、凍豆腐とニシンの煮つけ、油コゴミのお浸しを出していただきました。

遅山仙人の先祖が近くの西川町本道寺や大井沢であることで記念館の女性職員と話が弾み、いろいろなことを教えていただきました。

また、宿坊で出していた「六浄とうふ」は硬くて味が無く、あまり美味しいものではないと地元の出身である女性職員が言っていました。

岩根沢は雪が無い時は良い場所ですが、一旦、雪が降ると雪下ろしと雪片付けで疲弊する毎日で、若者がいなくなってしまったそうです。

岩根沢に限ったことではありませんが、このままでは日本の農村は急激に消滅していくのでしょうか。