故人を偲ぶチェーンアジャスターが折れてからどうなったか?その後

2019年08月31日

遅山仙人との最初のツーリング

いつも、このブログに登場する遅山仙人(おくれやませんにん)と最初にツーリングを始めたのは2014年10月18日です。

仙人とは同じ社会人登山サークルの山仲間であり、双方の父方の血のつながりのない遠い親戚です。

仙人は若い頃、東京の大学を卒業後、両親から山形に帰ることを強要され、山形に戻ってきたころはぷー太郎状態だったので、サークル仲間から仙人と呼ばれていました。

仙人は長らく中学校で社会科の教鞭を取っていましたが、母親の介護のため早い時期に退職し、母親の死後は介護疲れから引きこもり状態になっていました。

バイクの師匠の五周忌で紹介した同じ山仲間が亡くなり、彼の実家にサークルの仲間たちとお参りに行ったのが切っ掛けでシャバに出るようになりました。

仙人は遅刻の常習犯ですが、この亡くなった山仲間が仙人に対して付けた仇名が遅山です。仙人は自宅を出てから自宅の回りを7周まわってからでないと出発しないので付けられた仇名です。

久しぶりにシャバに出たことがきっかけで、私にも度々連絡をくれるようになりました。

ある日、仙人から深沢不動尊に何度か出かけてみたけど辿り着けなかったという連絡が入りました。

それなら、私が案内するということで二人で深沢不動尊に行ってみることしたのが最初のツーリングとなりました。

深沢不動尊

子供のころ、母親に連れられて何度か訪れたことのある深沢不動尊は山形自動車道の開通でどこから入ったらいいのか、わからなってしまったようです。ただでさえ、方向音痴の気がある仙人は新しく道路ができたり、建物が建ったりすると頭の中がフリーズしてしまうようです。

深沢不動尊は山形市街地からそんなに離れていない所にありますが、沢伝いに車一台分しかない道幅を上って行きます。春先なら、道の両側にカタクリの花がたくさん咲いて、きれいな場所でもあります。

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この当時、仙人はヤマハのチャピーを乗っていました。原付最盛期のころは、チャピーはモンキーとともに町中をたくさん走っていた原付バイクでした。

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谷あいの鬱蒼とした、薄暗く湿度が高い林の中に深沢不動尊はあります。何か霊的なものを感じさせるロケーションです。奥の院までは草が生い茂り、途中で断念しました。昔は泊まれる施設があり、仙人は母親と泊ったそうです。

思い出の場所に来ることができた仙人は満足しましたが、今回、ツーリングをした目的はもう一つありました。

辿り着けなかった深沢不動尊へのアプローチの下りで、エンジンブレーキをかけると変な音がするのでチャピーを行きつけのバイク屋に持って行ったそうです。

そしたら、バイク屋のおやじが、ろくにチャピーを見もせずに「エンジン交換だ。直すのに十万円以上かかる。」と言ったそうです。仙人は泣きの涙でした。

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確かに、普通に走っていても異音がします。エンジンを見るとマフラーを取り付けているネジが全く緩んでいました。緩んでいるので音漏れするのです。早速、持ち合わせの工具で締め付けると異音はしなくなりました。

喜んだのは仙人ですが、見てくれたバイク屋のおやじを怒りまくっていました。それからは、そのバイク屋に行かなくなったのは言うまでもありません。

直ったチャピーでもう少し走ろうということになりました。

ジプリアニメ「おもいでぽろぽろ」のロケ地・高瀬地区から林道戸沢滑川線(通称・峯越林道)を走って山形県庁へ抜けることにしました。

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山形県庁の東、山形市滑川地区を起点にして、当時、東北で初めての農道トンネル「べにばなトンネル」を貫通させて、高瀬地区を通り、さらに、もう一つのトンネルをくり抜いて山形市山寺に続く広域農道(通称・スーパー農道)が走っているため、高瀬地区へは簡単に行くことができるようになりました。

「おもいでぽろぽろ」の中で山形駅から高瀬までスバルR2が走るころは、この「べにばなトンネル」の計画も全くない時代でした。

余談で脱線しますが、「おもいでぽろぽろ」の中で朝の紅花畑に出てくるオバちゃんのモデルが私の仕事仲間の母親でした。スタッフたちは仕事仲間の家をベースキャンプにロケを進めたようです。この家でセル原画を何枚か見せてもらったことがあります。オバちゃんや昔の高瀬駅など高瀬地区の風景のセル原画があったことを覚えています。

「べにばなトンネル」をくぐると数分で滑川地区に出てしまうので、林道を走り、山一つ越えることにしました。

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直線なのに「警笛鳴らせ」 今となって珍しい道路標識です。

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標高5、600m。色づき始めていました。

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奥に瀬ノ原山と奥羽山脈が見えました。紅葉で真っ赤です。(写真上)

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今走ってきた広域農道が見えます。この先は山形市の桃源郷・高瀬へと続きます。(写真上)

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このころは、仙人は髭を伸ばしていませんでした。着ているものも、それなりの服装でした。今と比べると若々しい風貌です。

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このチャピーですが、前後の重量バランスが悪いのとタイヤが小さいので砂利道の林道では苦戦を強いられました。この経験が、次のバイクを買う切っ掛けになるのですが、私がスーパーカブを薦めたにも関わらず、違うバイクを買って、さらに苦戦を強いられることになります。

このくだりは、後日紹介します。

峰越林道



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