2018年06月10日

林道ダブル走行 摺上川ダム愛宕神社~上山編










摺上川ダムの管理事務所から少し行って右側に愛宕神社があり、そこの四阿(あずまや)でコーヒータイムとしました。

私のツーリングのベースは登山です。遅山仙人は山仲間の一人です。バイクを乗らなければ、登山靴に履きかえると、いつでも登山ができる状態です。装備品は登山用品です。

ガスバーナーでアルマイトのやかんのお湯を沸かし、レギュラーコーヒーを飲むのが当たり前です。このアルマイトのやかんが便利なのです。最近、努めてカップラーメンは食べなくなりましたが、お湯を注ぐのは細い口があるアルマイトのやかんがベストです。もちろん、レギュラーコーヒーには欠かせないものです。

南蔵王林道の県境付近で少しだけ取ったタケノコを焼いて、コーヒーのお茶受けにしました。本当はアルコールでいただきたいところですが、そこは我慢して、生みそで食べるタケノコは格別です。

この場所は水場があり、キャンプができるねと遅山仙人が言っていましたが、山登りがベースにあるので、すぐにそういう発想になります。





1時間ほど休憩をし、四方山話に花を咲かせ、次回、泊りで宮城県の牡鹿半島に行くこと、登山は山形神室か御所山(船形山)で話がまとまりました。帰りは、通い慣れたる国道399号を走りました。この道路は私が一番好きな道路です。新録、紅葉ともに楽しませてくれるコースです。

国道399号は福島県福島市から宮城県七ヶ宿町に入り、県境の鳩峯高原(はとみねこうげん)を越えて山形県高畠町に入ります。毎年、山形県側が災害復旧工事で走ることができません。このため、仙台藩の足軽の集落で知られる稲子(いなご)から稲子峠を越えて国道113号線に抜けていきます。稲子は限界集落で現在は一人しか住んでいません。このツアーで走ってきた上山市の古屋敷、萱平とも廃村になってしまいました。日本中に人が住まなくなった集落が無数に増えています。





稲子峠を越える前に猿の群れに出会いました。このルートを走ると必ず猿に出会います。国道113号との交差点には鳩峯高原から山形県側は通行止めであることの看板が立っていました。



本来なら七ヶ宿町湯原(ゆのはら)を過ぎて、国道113号から右折して金山峠に向かいますが、ここも山形県側が災害復旧工事で通行できません。金山峠は山形市から福島市に抜けるための地図上の最短コースの一つです。ここが通れないのは、原付にとっては痛いです。

基本、1桁国道、2桁国道は走らいないことにしています。これらは国土交通省が管理する重要路線の国道なので交通量が多く、走る気がしません。それ以外の3桁国道(例外は112号)は都道府県や政令指定都市が国から管理費の一部を地方交付税として貰って管理する、実質的な都道府県市道なのです。狭かったり路面が荒れて車も走れない国道を酷道と非難する向きもありますが、様々な経緯があり地方公共団体が管理する道路では限界があるのです。

金山峠が通れないので、仕方なく、二井宿トンネルをくぐって高畠町二井宿に出ました。二井宿の少し前で32℃の表示を見て、忘れていた暑さを思い出しました。

二井宿から柏木峠を越えて上山市に向かいました。

途中、上山市須田板にある亡くなった山仲間の墓にお参りをしてきました。この山仲間は、昔、モトクロスの県チャンピオンだった人で機動隊の指導員やモトクロス場の経営やスポーツランド菅生の競技役員をしていたバリバリのライダーでした。私にツーリングの面白みを教えてくれた恩人です。

今日、一緒に行った遅山仙人とともに山や川、キャンプなどで散々遊び回った山仲間です。今生きていれば70歳、まだまだ遊べる年齢ですが、60代前半で逝ってしまいました。

今日は同行した遅山仙人は大変お疲れーモードで、今晩はぐっすり眠れると言って別れました。

本日は140kmの走行で、酒田市までの片道分しかありませんが、半分は林道2本分の走行でさすがに体力を使いました。

林道ダブル走行 宮城県七ヶ宿町中心部~福島市茂庭編








七ヶ宿町の信号機のある交差点を進むと通行止めの看板がありました。さらに進むと10t以下通行可能の看板がありました。こういった場合は迷わず進むことにしています。







この烏川林道は比較的低い山の山肌を縫うようにして走るためにカーブが連続していますが、ほとんど眺望が開けず、走っていても面白みに欠ける部分がありました。一か所だけ、伐採した場所が開けているだけで、森の中をずーと走っているような感じでした。

遅山仙人のリクエストコースではありましたが、彼としては残念だったようです。







最初の南蔵王林道・横川林道より遥かに道路状態が良く、走りやすい林道でした。実は、七ヶ宿町の中心部まで予定より1時間のロスタイムがあったのです。しかし、烏川林道の状態が良かったため、ほぼ予定時刻の11時には茂庭まで辿り着くことができました。

二本の林道走破で遅山仙人はかなりグロッキーになりました。元々、彼はバイク走行は得意な方ではありません。舗装された道路であっても、コーナリングでの体重移動は上手ではなく、前方からくる対向車を素早く目視する姿勢が取れないからか、恐怖が先に立ち、二輪特有のコーナーワークができません。このため、ワインディングロードでは必要以上に減速するので遅れる上に、二輪の面白さを堪能でないのです。

このため、砂利道では緊張のあまり体が必要以上に強張って疲弊してしまうという気の毒な面もあります。

彼の疲れを取るため、摺上川ダムの下流にある「もにわの湯」にゆっくり浸かってきました。











もにわの湯の入浴料は250円。以前撮った浴場の写真があったはずですが見当たらないので後日紹介します。













もにわの湯の隣の建物・茂庭ふるさと館にある「もにわそば処 霧華停」で昼食としました。建物に入ると農産物直売所になっていて、その奥に座敷があり、蕎麦を食べることができます。

野菜天せいろの大盛を二つオーダー。天ぷらは野菜を売っているところだけに揚げたてで美味しかったです。蕎麦は十割と聞いていたのですが、短めで、評判は今一つのようですが、私と遅山仙人にとっては十分美味しくいただきました。タレは少々辛目。蕎麦職人の知人がコストを落とせるのはタレしかないと言っていたことを思い出しました。

遅山仙人にとっては、最近、ツーリングで蕎麦を食べるのが楽しみになってきました。

もにわの湯、茂庭ふるさと館、そして摺上川ダムに上る坂の途中左側にある茂庭生活歴史館はNPO法人が運営しているようです。調べたわけではないのですが、多分、福島市の指定管理を受けて運営しているのだろうと思います。過疎化対策の一つとして、地元と企業等がNPO法人を立ち上げて、行政の施設を管理するというパターンが多くなっており、ここもその形を取っているのだろうと考えてみました。



もにわの湯までは飯坂温泉から定期バスが走っています。ツーリングをする上で、公共機関の存在は大事です。万が一、バイクが故障したら自分で直せるか、修理不能であればバイク屋はすぐ近くにあるか、バイク屋が手配できなければ、どうやって帰るか。最後は公共機関しかないのです。今までそういう経験があるので、公共機関についてはしっかり調べています。

満腹になったところで、コーヒータイムとします。

2018年06月09日

林道ダブル走行 南蔵王林道県境~七ヶ宿中心部編



峠を少し下ると行く手が二つに分かれます。

左は江戸の昔、宮城県から上山に盗水し、今も農業用水路として利用している横川堰につながっています。この堰は他県から水を失敬している日本でただ一つの農業用水路です。

余談ですが、以前、勤務先でこの水路の大規模改修工事の設計発注が行われ、現地調査で取水口まで連れて行ってもらったことがあります。もちろん、車で行けるのは、ずーと手前まで、トンネルから水が流れ出ていました。そこから取水口までは、しばらく歩かなければなりません。大きな沢二つ目に取水口がありましたが、驚いたことに手前の沢から水を取らずに、この沢を水路で横断して二つ目の沢から水を取っていました。多分、手前の沢は夏場水が少ないのでしょう。今のような測量器械がなかったころの江戸時代に蝋燭の明かりで測量をしていたというのです。昔の人々の知恵に驚かされました。

右は宮城県七ヶ宿町硯石(すずりいし)につながる横川林道(舟引林道とも言われているようです)です。



振り返ると蔵王・刈田岳が見えます。



奥羽山脈から外れた南蔵王の名峰・屏風岳、南屏風岳、不忘山(ふぼうさん)の山々とともに横川林道は南下していきます。



下りはかなり路面状態が悪く、上ってくるのは、かなり難儀と思われます。横川まで下ると、走りやすくなります。























上の写真には昔の林道の橋の橋脚と思われるコンクリート工作物が見られます。手前に見えるのはカツラの木です。





横川のロケーションはとてもよく、夏は涼しそうですし、秋の紅葉なども期待が持てます。また、渓流釣りができそうな支流がたくさんありました。遅山仙人は渓流釣りの名手で、釣りに連れて行くと言っていますが、まだ、一度も連れて行ってもらえません。

その昔、タケノコ取りのついでに車で舟引山を越えて横川まで下ったことがあります。この時は、横川林道の路面は岩盤のむき出しで、これ以上進むと岩に車のデフ(ディフェンシャルギアボックス)がぶつかり壊れて走行不能になる危険があると思い引き返してきたことがあります。あれから、何十年たったのでしょうか。それから横川林道は通れないという印象だけが強く、バイクで走ったという情報を得て、それならカブでも通れるのではないという軽い気持ちで今回走ったのでした。









林道の終点は宮城県七ヶ宿町硯石になりますが、その少し手前が南蔵王不忘山の登山口になります。不忘山は太平洋戦争時代の末期に米軍の重爆撃機B29が3機墜落したことで有名な場所です。不忘山は奥羽山脈から外れて南に突き出した最初の山です。米軍のパイロットも、この山の存在はわからなかったのでしょう。

ここから硯石には行かず、砂利道にお別れして、吉沼、横川集落を過ぎて七ヶ宿町中心部に向かいました。



この交差点の左が横川集落で不忘山の登山口につながっています。まっすぐ行くと、長老湖、硯石を経て遠刈田温泉へと向かいます。右は国道113号に出て左折すると、まもなく、七ヶ宿ダムになります。

そして手前が、これから向かう七ヶ宿で唯一?信号機のある交差点になります。



中心街にふさわしく交差点の手前に「番所」があります。七ヶ宿(しちがしゅく)は江戸時代に青森、秋田、山形、宮城県の七ヶ宿、福島の国見で奥州街道に道を譲る羽州街道の宿場町として栄えました。

このため、七ヶ宿町のあちらこちらには江戸時代の屋号や呼称が書かれた木札や看板が見受けられます。



町で唯一の信号機のある交差点。ここからまっすぐ進むと二本目の林道へ進んでいきます。

林道ダブル走行 上山~南蔵王林道県境編



2018.6.8
遅山仙人のリクエスト、宮城県七ヶ宿町と福島県福島市茂庭(もにわ)を結ぶ林道を走破したいという要望にお応えすべく、山形県上山市から舟引山(奥羽山脈)を越えて宮城県七ヶ宿町硯石(すずりいし)に抜ける林道と抱き合わせでツーリングプランを組んでみました。

明日、9日は職場の仲間の家族と舟引山でタケノコ(ネマガリタケ)取りをする予定ですので、道路状況とタケノコの生育状況の確認という勅命を受けての走行でした。







上山市・金生(かなおい)から菖蒲ダムに向かう県道を東に進み、廃村状態の古屋敷にたどり着きます。ここは、字幕スーパー付きのドキュメンタリー映画「ニッポン国 古屋敷村」で有名になったところです。

囲炉裏端で話をする婆ちゃんの山形弁が理解できないというので、日本の映画でありながら日本標準語の字幕スーパーが付いています。

集落の終わりごろに昔の分校らしき建物があり、県外ナンバーの車が数台ありました。誰か、雪のない時期に住んでいるのでしょうか。



宮城県境まで南蔵王林道8226メートルの表示がありました。



古屋敷からさらに進むと、萱平(かやだいら)の集落ですが、ここから先は砂利道になります。





写真ではよくわからないのですが、全体的に路面が荒れていました。特に上り勾配がきつい部分は雨水で所々路面がえぐられて、走りにくい状態でした。これでは、明日のタケノコ取りは無理かなと思いながら県境まで上り詰めました。





県境の稜線はなだらかで、タケノコの産地です。道路沿いでタケノコを探しましたが、適期はとうに過ぎていて、短めのものを取りましたが細いものしか取れませんでした。

遅山仙人は砂利道にハンドルを取られ、峠に15分遅れで到着しました。ここから、宮城県に入ります。

2017年07月28日

広域農道と農免道路とは?

道路には、道路の管理者の違いによる道路があります。

例えば、国道ですが、数字が一桁と二桁と100番台の一部を国土交通省(旧建設省)が管理している道路と、俗にいう三桁国道と呼ばれている都道府県や政令指定都市が管理している国道があります。

さらに、都道府県が管理している都道府県道、市町村が管理している市町村道があります。

そして、道路を作る目的によって異なる道路があります。自動車専用道路や高速道路などは自動車(自動二輪では125cc以上)だけを走らせる目的や高速に移動させる目的で作られています。

今回の話題は、一般的に「農道」と言われている道路です。この「農道」は農業用の自動車が通るという目的により作られています。

田んぼや畑が広がる所では、必ず、無数の「農道」が走っています。そこは、農耕用のトラクターやトラック、スピードスプレーヤーなどの防除車両が走ります。「農道」の管理者は土地改良区(注1)と呼ばれる「公法人」や農業関係の団体であることがほとんどです。

このため、前述の国道、都道府県道、市町村道のような「公道」ではないため、道路交通法の適用を受けないので、運転免許証が必要ない場合があります。

この「農道」の中でも、グレードが高い「農道」が「広域農道」や「農免道路」です。どちらも、国(農林水産省)の補助金により作られた道路です。

まず最初に「広域農道」です。





国の補助制度により、農道を作るための事業名があります。「広域農道」の正式事業名は「広域営農団地農道整備事業」です。そして、ほかの「広域農道」と区別するため通過する地域の名称を頭に付けて、上の写真の場合は、「置賜東部地区広域営農団地農道整備事業」が、この道路建設のための正式事業名です。そして、「ぶどう・松茸ライン」という愛称を付けています。ブドウと松茸の産地の中を走るために、この愛称が付けられました、

「広域農道」は国から補助事業として認めてもらうために、広い範囲の農業地帯を通過し、農道として新たに建設する部分もあれば、一部、既存の都道府県道や市町村道の改修も含めて一本の「農道」として計画されます。このため、道路の総距離数は数十キロが普通です。また、道路の幅員(幅)は、都道府県道とほとんど同じレベルです。トンネルを掘る場合もあります。この道路を新たに建設する部分は都道府県の農林土木事務所などが設計発注します。

「広域農道」は新たに建設された部分は都道府県や市町村が管理するため、公道として扱われます。

次は「農免道路」です。





「農免(のうめん)道路(農道)」の正式名称は「農林漁業用揮発油税財源身替(みがわり)農道整備事業」という舌を噛みそうな、とんでもなく長い事業名です。「広域農道」の場合は正式名称から何となく事業の中身が推測できますが、こちらは意味が理解できないはずです。

農業や漁業用の車両がガソリンや軽油を使う場合、その燃料にかかっている税金を財源(補助金)として、農道を作る事業という意味なのです。なんか、分かりにくい事業です。

この道路は、「広域農道」よりも狭い範囲で、距離も十キロ前後が多く、交通量が少ないという前提で若干道路幅も狭く、新規に建設するために都道府県の農業土木事務所などが設計発注します。

完成すると市町村が管理するため公道になります。

このように、「農道」といえども、一般道となんら遜色のない「農道」は、時としてバイクのツーリングにはもってこいのコースになることがあります。


注1 「土地改良区」とは
農家によって構成されて団体で、農地での生産性を向上するため、農道の整備や田や畑の区画整理、水路の整備などを行います。法律上は「公法人」として、都道府県や市町村などの地方公共団体に準ずる団体として扱われます。このため、地方公共団体と同じような税制上の優遇措置があります。また、様々な事業を行うために各農家から賦課金という名称で所有する面積に応じた負担金を集めます。この賦課金は地方税と同じで、納めないと差し押さえなどの強制徴収が認められています。


himajintaro at 22:25|PermalinkComments(0)道路