2021年05月09日

B29は、なぜ不忘山に墜落したか?

♪♪シラタキとネギと、お豆腐、白菜。肉は入ってないわ、私の人生。♪♪

5月7日の午後8時過ぎ、行きつけの理髪店からの帰宅途中、iPhoneから東京ロマンチカのラブユー貧乏の曲が流れてきました。遅山仙人からの着信でしたが、リトルカブで走行中だったので取らずに自宅に戻りました。

私は以前からiPhoneの着メロをCD音源などから自分で作り、相手に合わせた曲にしています。今は、音声ツールで相手の名前をコールしてくれるのですが、コールにかぶせて着メロが流れるように設定しています。曲が流れると発信相手がわかるという寸法です。

午後9半過ぎに再度掛け直してもらい、小一時間ほど取り留めもない話で盛り上がりました。

Tanaka Termite_B-29 Termite 3

開口一番、「B29は、なぜ不忘山に墜落したか?3機も墜落したことを知らなかった。ケネディー大統領の娘(正確には、駐日大使だった彼女の代理)が慰霊祭に来たのを知らなかった。」と、毎度毎度、聞きかじりの頓珍漢な質問をぶつけてきました。

米軍の重爆撃機B29が1945年の3月10日の東京大空襲で東京を消失させている最中に、別のB29、3機が北上し、宮城県の不忘山(ふぼうさん)に墜落したものです。

不忘1

不忘山は標高1,705mで蔵王連峰の最南端にあり、ここから一気に蔵王連峰が始まります。

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今と違って、目視による有視界飛行をしなければならない時代です。地面との衝突防止の安全装置も設置されていない航空機の夜間飛行は、さぞかし怖かったでしょう。

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東京から本隊と別れて密かに北に向かい、街の明かりのある福島市を真っ直ぐ北上すると、急に標高のある不忘山に衝突してしまったことは想像に難くありません。まして、当日は吹雪だったそうです。

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こういうことを仙人に説明しても、理科を教えられなかった仙人にはチンプンカンプンです。さらに、「なぜ、B29は高い所を飛べるのか」とエンジンの過給機構造を知りませんでした。

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高高度の圧縮空気と空気抵抗を少なくするための高高度飛行という相反するような航空技術は物理が苦手な仙人には原理を丁寧に説明することで理解はしてもらえるのですが、仙人が一番ショックなのが、科学よりも歴史的事実を今まで知らなかったということなのです。

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こんな、どうでもいいような話を30分以上しましたが、その後は、話題がコロコロ変わりました。

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そして、本題が最後に出てきました。

「ところで、明日と明後日は休みだか?」

つまり、ツーリングに行かないかという誘いを1時間かけて枕詞を話した後に受けました。あまりにも長すぎる遅山の名にふさわしい枕詞です。

「明日は、親類縁者の墓参りで、明後日は雨の予報だね。」と返しました。

不満そうなので、「今度の金曜日、山菜取りに行こう。鍋と油を持って行くから、天ぷらをしよう。」と誘うと機嫌が回復しました。

そうして、翌日の5月8日、毎月恒例の親類縁者の墓参りに出かけました。

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以前、悲しい知らせが届きました。で紹介した女性は、まだ葬儀が済んでいません。予定も未定の状態です。そこで、女性の旦那様が眠る墓をお参りすることとしました。この墓は、親類縁者の寺にあり、親類の墓のすぐそばにあります。

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いつものように最後に妻の父が眠る墓をお参りした後、近くにワラビが出ていたので取りました。

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ゼンマイも出ていたので、頂きました。

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ちょっとだけ山菜を取り、帰宅しました。



himajintaro at 07:55|PermalinkComments(0)墓参り | よもやま話

2021年05月06日

今年初めてのバス釣り

2021.4.28

今年初めてのバス釣りに行きました。

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いつもの上山市の前川ダムに日の出前に到着。車が1台停まっていました。

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例年よりも1か月近く早い時期だけに、雪解け水が多く、水位が高い状態でした。バスラーは一人だけで、ダムに入ってくる前川の方へと姿を消しました。いつもなら、所々でラインが伸びていく音がするのですが、全く、気配が感じられませんでした。

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いつものように、一匹目はブルーギルでした。少しだけ大き目です。

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いつもなら、ブラックバスやライギョの魚影が見えるのですが、この日は泳いでいる姿が見えませんでした。ここは見えるバスが釣れるという面白い所なのですが、姿が見えない以上、釣れるわけがありません。

それでも、ギルをすぐに釣り上げないで遊ばせていると何処からともなくバスが現れて、ギルを食べるわけではありませんが、追っかけているのがよくわかりました。

水温が低く、まだ繁殖期にならないためか、活性化せず、食欲不振なのでしょう。ただ、動きの速い物には反応があるようです。

結局、バスは一匹も上げられませんでした。

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今回、ミミズの餌釣りと併用して、ロッドとリールを新調しました。二男が使っていたロッドがお釈迦になったのをきっかけに、購入しました。

ただ、二男とは違って、キャスティングは下手なので、十分に練習してから、本番に臨みたいと思います。

尺八なら首振り十年と言いますが、釣りも竿振り十年でしょうか。


himajintaro at 20:24|PermalinkComments(0)釣り 

2021年05月05日

あるはずの無い巨石を見に 十三年忌

2021.4.27

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目的地だった洞雲寺跡から引き返し、長井市伊佐沢に戻りました。そこから西に進み、最上川を渡らずに北上しました。

一旦、国道287号に合流した後、五十川から旧国道に入りました。基幹林道置賜東部線の入り口には通行止めの案内板はありませんでしたが、建設会社の工事個所を示す案内板が置かれていました。

ほとんど車の走らない旧国道を白鷹町荒砥まで北上しました。また、国道287号と合流し、白鷹町下山で左折して最上川を渡り、すぐに右折して、最上川の左岸を走ることにしました。

しかし、すこし走ると、蕎麦屋熊屋の手前に「通り抜けできません」という看板が立っていたので、国道287号に引き返しました。

最上川左岸を走ると、右岸の白鷹ヤナ公園から左岸に架かるワイヤーに鯉のぼりがたくさん泳いでいるはずでした。残念ながら、今年も見ることができませんでした。

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国道をそのまま北上し、おしんの吊り橋の左岸に行くため手前の永久橋で最上川を渡りました。Googleマップではおしんの吊り橋を太平橋としていますが、位置的に永久橋を示しているために、Google マップに位置情報の修正を提案しました。

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3月12日のタイヤの皮むき第二弾 おしんの吊り橋が無くなる!?でも紹介しましたが、全面通行止めは解除されていませんでした。そして、この橋も老朽化が進み、撤去されることが決まりました。

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桜とともに最上川に散った命で紹介した知人の命日が4月28日で十三年忌を迎えます。いつもなら、橋のたもとまで行って手を合わせるのですが、ことしはこの場所で合掌させていただきました。

前回同様、この場所でコーヒータイムとしました。

遅山仙人が江戸幕府の塩専売について話題を出しました。山に住んでいる人たちは、どうやってナトリウムを摂取したのだろうという疑問からでした。

仙人の頭の中では、塩からしかナトリウムは摂取できないという先入観があり、江戸幕府にすべてコントロールされていたと思い込んでいたようです。

化学などの理科はまるっきり教えることのできなかった中学教師だったので仕方がありません。

塩の元はミネラルが豊富にある山が源であり、川によって海にもたらされていることを渓流釣りが大好きな仙人は連想できなかったようです。

ミネラルが豊富な山菜を食べていれば、ナトリウムは摂取できたのです。

話のついでに、私がよく行くバングラデシュでの話です。

バングラデシュは毎年洪水になります。

バングラデシュの知人でバングラデシュで初めてイチゴ苗の生産に成功し、一時失われたダッカモスリンの再生に成功した大学教授(当時は助教授)に洪水について、昔話したことがあります。

洪水は人間にとって災害ではあるものの、上流から豊富なミネラルをもたらし、さらに土中の悪い菌や害虫を水に流してくれるとという、とても重要な役割を果たしていると話しました。

ベニバナの原産地であるエジプトはナイル川の氾濫地域です。ベニバナは前の年の自分の根を嫌う(嫌地現象と言います)ので洪水で根を洗い流してもらい、毎年豊富な栄養を洪水により供給してもらうことで毎年同じ場所で成長できるのです。

日本でも山形県大石田町は昔からベニバナの産地でしたが最上川の氾濫地域になります。現在、河川の氾濫地域でないところで生産しているベニバナは薬品と肥料をたくさん投入して嫌地現象を抑えています。

教授はそんな考え方を持ったことがないと驚いていました。

日本では河川改修が進み、災害の無い暮らしやすい国になっていくと思いますが、ミネラル不足が深刻化して病人の多い国になっていくのかもしれません。

こんな、つまらぬ四方山話をしながら、コーヒータイムを終え、いつものように白鷹町大瀬から県民の森を通って帰宅しました。


himajintaro at 07:00|PermalinkComments(0)歴史・文化 | よもやま話

2021年05月04日

あるはずの無い巨石を見に 腰抜けた仙人

2021.4.27

昼食場所の旧南陽市立漆山小学校杢沢分校を後にして、谷あいの県道を南陽市漆山へと走らせました。

途中、川を覗いたら、あまり水はきれいとは思えませんでしたが、縦縞のあるヤマメが泳いでいました。

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夕鶴の里資料館前を通り、タイヤの皮むき第二弾 ~南陽市で走ったルートに合流しました。そこから、ひたすら、久保の桜で有名な長井市伊佐沢へ向かうことになりました。

前回とは、若干違うコースを走り、タイヤの皮むき第二弾 獅子頭の蕎麦屋さんの蕎麦屋さんの前を走り北上しました。

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山の神集落の手前に「白鷹町及び南陽市方面には行けません」「山形工科短期大学校まで通行可」という案内板があります。

つまり、先ほど通行止めだった南陽市杢ノ沢には行けないということと、同じ基幹林道置賜東部線の長井市五十川までも行けないということです。つまり、目的地までは行けるけれども、引き返すしかないということです。

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下のGoogleアースの通りなのです。わずか20分足らずのところを止む無く1時間以上かけて遠回りしました。

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山の神から沢沿いに県道が走っていました。こちらの沢は水がきれいでしたが魚影を見つけることができませんでした。

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ようやく、目的地である洞雲寺の入口が見えました。

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ちょっと急な参道を上りきると大石山洞雲寺に到着しました。ちょうど、2時間遅れの午後2時になりました。最初の予定は、ここで昼食だったのです。

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案内板によると、だれが開山したのか不明とあり、現在は白鷹町荒砥に本堂があるようです。

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建物は山門だけが残っており、鐘楼になっていました。

ここで遅山仙人のボヤキが始まりました。なぜ、自分はこの寺の存在を知らなかったのだろう。自分には長井市出身の先生の知り合いがいるのに、なぜ、この場所を教えてくれなかったのだろう。なぜ、私がこの場所知っているのだろう。

私にとっては愚問でしかないのですが、毎回返すのは、Google マップで見つけたということだけです。

ITに弱いというのは、仙人にとっては致命的のようです。

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境内の奥に大きな石があります。私は、この石が見たくて、ここに来たのです。花崗岩のようです。

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仙人をスケールにして、石の大きさを比較してみました。

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裏側に梯子がありました。

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仙人は梯子から石に上がった途端、腰がひけて立てなくなってしまいました。全く、動けなくなってしまったのです。坂道と梯子を上っただけで動悸がすると言います。

さらに、持病の高所恐怖症で恐怖感が勝り、立とうという気力まで奪ってしまいました。

若いころから高所恐怖症で長野県の戸隠山の蟻の戸渡では歩けなかったそうです。

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私も高いところは苦手です。が、ここまで来た以上、上からの景色や石の全体像を確認せずに帰るわけにはいきません。

腰の抜けた仙人をそのままにしながら、巨石の上を歩き回りました。石の最上部にはお賽銭が置かれていました。

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白鷹丘陵に花崗岩の巨石があるはずがないのです。マグマが地下の深い所でゆっくり固まり、造山運動で隆起し、朝日連峰や飯豊連峰を形作っているのが花崗岩です。

私の記憶では、白鷹丘陵の底部は砂岩だったはずです。以前、朝日町の最上川で中学生が化石を発見しましたが、発見された河床は砂岩だったと思います。

また、白鷹丘陵の北部の大江町から中山町へ抜ける村山東部広域農道(スーパー農道)の橋台のボーリング調査でも砂岩であることがわかっています。

白鷹丘陵の南部は花崗岩でできているのか。花崗岩の巨石がポツンと存在するのか、疑問は増すばかりです。

仙人は、何とか自力で下まで降りました。年とともに、高所恐怖症が悪化していると言っていました。

高所恐怖症よりも体力や体幹や動悸などの持病が心配です。いつも、口酸っぱく体力維持のための運動を促すのですが馬耳東風です。

昨年あたりから、仙人の体力が急激に落ちているのがわかります。このままでは、ここ1~2年でバイクに乗れなくなる可能性があります。

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境内で夕飯のおかずにしようと大きくなったフキノトウを取りました。フキの茎よりも香りが高く、こちらの方が美味しいです。

基幹林道置賜東部線で長井市五十川に抜けられないので、洞雲寺跡地から元来た道をあと戻りしました。


himajintaro at 07:00|PermalinkComments(0)歴史・文化 | 自然

2021年05月03日

あるはずの無い巨石を見に 愚痴を聞かされる昼食

2021.4.27

目的地まで20分というところから、遠回りを余儀なくされて、南陽市街地へ南下することにしました。

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しかし、正午が近いということで、杢ノ沢から少し南下した旧学校跡地で昼食を取ることにしました。

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ファイナルアクセスというホーページによると2004年まで48年間分校として利用されてきたとのことです。

日本の学校というのは、どこの学校に行っても懐かしさを感じるのですが、それは、日本の学校は似たような建築仕様で建てられているからだそうです。

玄関には必ず下駄箱があり、教室と長い廊下があり、幅の広い階段があります。教室には黒板があり、廊下の反対側には大きな窓があります。外壁の横板は木造校舎の特徴です。

私は小学校も中学校も高校も、全て木造校舎でした。妹は新しい鉄筋コンクリートの校舎で学んでいます。

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天気も良く、暖かく、昼食もゆっくり取ることができました。

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遅山仙人は珍しく焼きそばに目玉焼きとウィンナーソーセージの昼食でした。私は鯖缶とキャベツとチーズをパンで挟んだホットプレスサンドを持って行きました。今回も昼食持参で正解でした。

仙人は、昼食時間を利用して、私に、マシンガントークでした。

長らくパーキンソン病だった高校の同級生が最近急逝し、同じ、同級生の従弟から弔いも兼ねて、ご馳走をしてもらったというのです。

従弟から身に覚えのない不満を募らされて、しばらく、付き合いが無かったそうです。突然、同級生の急逝にかけて、奥さんの手料理で仲直りを迫られたというのです。

仙人は不仲でも何でもないと思っていたのですが、従弟が勝手に思い込んでいたと愚痴ることしきり。

どうも、ヒメサユリある場所に連れて行って欲しいと従弟が仙人に頼んだのですが、仙人が誰でも行ける所なので、自分で行ったらと断ったことに腹を立てたようです。

どちらかというと仙人も連れて行ってもらわないと行けないタイプなのですが、その上を行く従弟だというのです。その従弟は私にとっては仙人とともに遠縁の親戚なのですが、私は一度も会ったことがありません。

身内のそんな話ですが、実は事ある毎に私は仙人から愚痴を聞かされています。他人にとっては馬鹿々々しい話で盛り上がって昼の時間が終わりました。

分校跡地から南陽市漆山へ南下しました。