2019年09月19日

岩出山へ 岩出山城

有備館の素晴らしい庭を堪能し、JR有備館駅に立ち寄り、駐車場に戻ってきました。

伊達政宗ゆかりの岩出山城を見るべきだと言う遅山仙人に対して、私は伊達政宗の像しか建っていないと返すと、建物が残っているから行くべきだと強く言うので、行ってみることにしました。

事前にネットで調べて、政宗の像しかないことは知っていました。朝来た時に街の中にも道案内らしきものも見かけませんでした。

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登り口に簡単な案内板がありました。急な坂を上って行くと眼下に岩出山の町が開けてきます。

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坂を上り切ると前方右側に蒸気機関車が見え、左折すると平になり飲食店のような木造の建物があります。

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百日紅(サルスベリ)が咲いていました。

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公園案内図には、本丸の西側には建物が黒く印されています。多分、伊達政宗が住んでいた屋敷跡を示すものと思われます。

政宗は山形城主・最上義光(もがみよしあき)の妹・義姫の長男であったものの、豊臣秀吉により米沢から岩出山に移封されます。今でいう左遷です。最上家は元々、斯波(しば)姓でした。山形に入部(転入)してから最上姓を名乗ります。

仙人によると、斯波家の一部は大崎氏の姓を名乗り、岩出山を含む大崎地方を統治することになります。その家臣の中に伊達家がいます。移封されたとはいえ、政宗は縁のある岩出山に住むことになったのではないかと言っていました。

安土桃山時代の城は天守閣を持たない平屋の館です。当時は天守閣を立てる建築技術と財力がなかったため、平屋だったのだと思います。

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飲食店以外の建物としてはトイレと上の写真のような野外音楽堂と思しき建物があります。

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政宗の像が建っていることはネットで調べてわかっていました。ネット難民の仙人は知りませんでした。館や資料館も建っていないことを知りませんでした。

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つまり、仙人は中学生を引き連れて、この岩出山城には来ていないのです。どうも、有備館も怪しくなりました。有備館には初めて行ったようでした。

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本丸の東側、伊達政宗の像が建っている場所よりさらに東側の法(のり・斜面)の下で遺構調査(建物が建っていたと思われる場所の発掘調査)が行われていました。

遺構調査を進めることで、岩出山城の新たな歴史がわかるかもしれません。


himajintaro at 07:00|PermalinkComments(0)観光 | 歴史・文化

2019年09月18日

岩出山へ  有備館駅

遅山仙人がたまたま通りがかったのか、それとも、岩出山が目的地で中学生たちを引率したのか、疑問が残っていました。どうも、仙人の話は、はっきりしないことが多く、何年も後に真相がはっきりすることが多いのです。

仙人が降りたのか、乗ったままだったのかわからない有備館駅に行ってみました。

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駅は有備館の真向かい。駅舎らしからぬ建物です。

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公民館の看板が見えます。

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伊達政宗の騎馬像があります。

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ホームに近いところに時刻表と券売機がありました。

若いJRの職員さんがホームの掃除をしていました。彼によると、ホームだけがJR用地で、大崎市の建物に時刻表と券売機を置かせてもらっているそうです。

この駅舎は社会教育施設の公民館なのです。

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コの字型の建物で、事務室と貸し出し用の会議室や自由に休憩できるスペースなどがありました。

公民館が他の機関の施設と併用されて例はたくさんあると思います。酒田市平田にある公民館は農協と併設されていました。駐在所が併設されているのを見たことがあります。

人が集まり、催し物がおこなわれる公民館と鉄道の駅が併設されているのは便利だと思います。

前述のJR職員は、同じ路線上に鳴子温泉や紅葉で有名な鳴子峡もあり、湯けむりラインが走っているので、有備館にもたくさんお客さんが来て欲しいと言っていました。


2019年09月17日

岩出山へ  有備館

有備館の開館が9時ということで、早速、駐車場にリトルカブを置いて歩いて行きました。

JR陸羽東線有備館駅と道路を挟んだ真向かいに有備館はありました。

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受付の女性から、駐車場で黄色いジャンバーを着ていた人ですねと言われました。その女性は、私たちのバイクの隣の車の中にいた女性でした。勤務時間前に駐車場で待っていたようです。

岩出山へ  駐車場でモーニングコーヒーに出てくる女性も事務室の中にいました。別の男性も駐車場にいた私たちを覚えていたようです。職員みんなから面が割れていたようです。山形市内から来たと言ったら、みんなにビックリされました。

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池の鯉はパブロフの犬状態で、たくさん寄ってきて、口をパクパクさせていました。受付で鯉用のえさが売っていました。

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建物を含めて庭全体が丁寧に管理されている感じがしました。

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上の写真を見るとわかると思いますが、通路に敷き詰めてある細かい砂利ですが、京都大徳寺の枯山水のような熊手か何かで模様を付けているのがわかります。

これは、建物の回りも同じような模様がついていました。多分、開館前に岩出山へ  駐車場でモーニングコーヒーで夜勤をしている職員さんが毎日手入れをしているのかもしれません。

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庭全体に大きな池があり、その周りをぐるっと回ることができます。池泉回遊式庭園と呼ばれる日本の庭園の特徴を持つ庭です。

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ちょうど萩の花が咲いていました。

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季節ごとに様々な彩を見せてくれるのでしょう。建物のそばにあるモミジがきれいに色づくのは11月上旬とのこと。

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11月上旬にもう一度来てもいいかなと思いました。ただ、この時期はバイクにはちょっと寒くなるし、国道347号鍋越峠か国道48号関山峠しか通ることができなくなります。

天気と気温次第で、年内にもう一度来ることも可能だと思います。

2019年09月16日

岩出山へ  駐車場でモーニングコーヒー

遅山仙人が迷子になるというトラブルがあったものの、最初の目的地である有備館に無事に到着しました。

午前8時だったので、まずは、モーニングコーヒーで一服と有備館の駐車場で若くないけどジベタリアンして、お湯を沸かしました。

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いつものようにアルマイトのやかんで湯を沸かし、フレンチプレスで薫り高いコーヒーを出しました。

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コーヒーを飲み上げたころ、オジさんが一人現れました。ジベタリアンしている近くに止めてある車の持ち主さんでした。

彼は、有備館の夜間勤務員で、多分、大崎市役所を定年でリタイアし、再雇用で有備館の職員をしていて、夜勤明けのようでした。

彼によると、有備館は伊達政宗が仙台城主になる前に岩出山の城主の時に建てた学問所だそうです。実際は、正宗の息子が建てたのではないかと言っていました。有備館は国の史跡指定になっているために、失火は厳禁で365日24時間監視が必要とのことでした。

カブによるツーリングを羨ましいと言っていました。我々のように登山をするそうです。

そんな話をしているうちに、女性が現れ、有備館の職員であることを彼が紹介してくれました。彼女は仙人のスーパーカブをレトロなバイクと言ってくれました。仙人が喜んだのか、悲しんだのか、その時はわかりませんでした。

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仙人が被っている帽子は姉妹ブログ「バングラデシュ珍道中記」の2019.9.11の記事羅名さんから帽子をいただきました。で紹介した帽子です。「東京だち」というアメリカの大学のイメージキャラクターが入っている、日本ではなかなか手に入らない帽子です。
東京だちYoutube https://youtu.be/BUZ2dnRE5mI 

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有備館は9時開館ということで、時間まで駐車場でゆっくりしていました。

2019年09月15日

岩出山へ  また起こったトラブル

昨日、岩出山の町に入る直前でトラブルがあったと書きましたが、何が起こったかと言うと、遅山仙人が道に迷ったのです。

岩出山01

道がカーブの連続になると、途端に遅れてしまいます。以前も紹介したように、見えないカーブの向こう側から、仙人にとっては「突然」走ってくる車に対する恐怖感により、極度にブレーキをかけてしまいます。

新たに分かったことですが、仙人はカーブの途中まで減速し、そこからギアダウンして加速するので、どうしても加速が遅れます。

大きく減速する必要がある時は、カーブの手前でギアダウンしてエンジンブレーキも使いながら減速し、カーブの中ごろには、アクセルを開いて一気に加速するという操作ができないのです。

遅れだすと半端でないのです。

いつまでも来ないと待っていると仙人から電話が来ました。

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仙人には道なりに来るように伝えました。下の写真のところで、仙人は突き当りのT字路と勘違いして、迷ったようです。赤い方から来ればT字路には見えますが、青いルートで考えれば、どう見ても、突き当りのT字路には見えません。

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彼には前科があります。以前紹介した羽根沢温泉から酒田へ抜ける 2017.8.26の林道でチェーンアジャスタを切断した帰り道、新庄市本合海の国道47号から大石田に抜ける県道に入ることができなくて、道に迷ってしまいました。

この時は、小さなカーブのない国道47号を走っていましたが、大きく遅れて走っていることに気が付かなかった私は県道へと右折しましたが、仙人は私を完全に見失ったのでした。

彼は直線の道路でも、ブレーキの利きが甘いと言って必要以上に車間を空けます。私と何度も同じ道を走っているのにもかかわらず、道を覚えられないと言います。

今回は、ルートの違いはあれども、最初の目的地に無事に到着したので結果オーライですが、いつも課題を抱えながらツーリングしているのが実態です。


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